コラム

スポーツ中継と国境、独占放映権を考える

2011年09月05日(月)11時25分

 中国の済南では「なでしこ」によるロンドン五輪出場権をかけた戦いが、そしてこれと重なるように男子A代表のW杯予選も北朝鮮戦でスタートしています。ところが、海外にいる私には、熱戦の様子は文字情報でしか伝わってきません。

 アメリカの場合ですと「TVジャパン」という局が、NHKのニュース番組を場合によっては生放送で放映しているのですが、サッカー日本代表の試合に関しては静止画だけで、中継映像を録画した映像は映らないのです。これには放映権の問題があります。

 アメリカでは、五輪に関する一切の放映権はNBC=コムキャストのグループが、W杯に関してはディズニー=ESPNのグループなどが「独占放映権」を握っています。TVジャパン経由のNHKのニュース映像はこれに引っかかるのです。

 引っかかるといっても、アメリカのNBCが「なでしこ」のアジア予選を中継する可能性も、ESPNがW杯のアジア三次予選を中継する可能性も完全にゼロですし、仮に在米の日本人が女子の日豪戦の映像を見られないとして、代わりにNBCの中継するアメリカの予選を観るかというと、それも可能性としてはゼロでしょう。ですから、具体的にはTVジャパンが映像を放映してもアメリカのTV局には何の実害もないわけです。

 ですが、契約社会における「エクスクルーシビティ(独占権)」というのは非常に厳格な概念であり、例外は許されません。仮に北米の日本人・日系人向けということで、済南での「なでしこ」の予選について、NHK「ニュースウォッチ9」の映像を合法的に放映しようとすると、物凄いカネを積まなくてはならないのだと思います。

 そんなわけで、アメリカに住んでいると毎回の五輪とW杯では、日本からのニュースとスポーツニュースは「静止画」もしくは肝心の部分をカットした録画映像ばかりになるのです。何ともフラストレーションのたまる話ですが、その「TVジャパン」という衛星の局にはそのたびに多数の抗議電話が寄せられるそうで、抗議する気持ちも分かるものの、抗議される方も何とも大変だなと思わざるを得ません。

 ちなみに、アメリカでのW杯中継ですが、本大会についても予選についても、厳密に言うとディズニー=ESPNが100%独占中継をしているわけではありません。膨大なラテンアメリカ出身の人口にとって、スペイン語でのサッカー中継というのは非常に大切で、そのためにヒスパニック系のチャンネルが全試合を中継していたこともありますし、2018年以降はESPNとFOXが中継権を折半するというスタイルになるという報道もあります。

 これには、アメリカにおけるサッカーの人気が今ひとつである一方で、放映権料が莫大なために、1社で独占というのは経済的に無理という事情もあるようです。ちなみに、前回のW杯南ア大会では、北朝鮮で放映権料が払えないためにTV中継ができないという騒動がありましたが、これも同じような話です。

 日本国内でも、TV局によっては今年あたりからMLBの放映権料を気にするあまり、スポーツニュース内でのメジャーリーグ報道に関して、動画の放映を断念したところがありますが、これも同じような事情によります。今後、日本の経済の動向によっては、これまでのように日本の地上波TVでスポーツの国際大会が観られるのが当然という時代が終わってゆく可能性もあります。

 そう申し上げると、スポーツが「過度に商業化」したからこういうことになったという解説をする人がいますが、プロ化したことによって、選手のモチベーションが高まり、プレーのレベルも、大会運営の盛り上がりという意味でも、各大会、各リーグは発展を遂げているのですから、「商業化」を否定するのには無理があるように思います。そして「放映権料」の問題は商業化における収入の柱であることは間違いありません。

 では、巨大なテレビネットワークによる中継と放映権の支払いで大会が支えられていくという構図は、このまま永遠に続くのでしょうか? 決してそうではないと思います。アメリカを例に取りますと、TVの視聴という習慣がネットの発達により揺らいできているという事実があります。

 そんな中、NBCは今後の五輪中継に関して、TVとネットのスマホ用ストリームングなどを全面的にパラレルで提供してゆくと発表しています。ストリーミングが何らかの課金になるのか、あるいは広告を強制的に見せるシステムにするのかは分かりませんが、今後は巨額のカネが飛び交う中で試行錯誤が続いてゆくのだと思います。

 それはともかく、個人的に思うのは、(1)中継映像や長時間の再放送映像ではなく、簡単なダイジェストの紹介は中継番組の視聴率を食わない範囲で「その日のその国のニュースの重要な一部」として世界の人々の「見る権利」を保障すべきでは? (2)各国のマイノリティが母国を応援する上で、母国発の母国語による母国応援の中継映像を見る権利は各国の主要なメディアの独占権支配の例外ということに一律に規定できないか? というような問題は再考がされても良いのではと思います。

 世界で人の行き来が激しくなる中、「放映権管理」にこうした柔軟性を持ち込むことは、多くの国際大会についてより幅広い関心を広げることになり、最終的には商業的にもプラスになるように思うのですが、どうでしょうか?

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

G7外相、イスラエル・イラン停戦支持 核合意再交渉

ワールド

マスク氏、トランプ氏の歳出法案を再度非難 「新政党

ビジネス

NY外為市場=ドル対ユーロで約4年ぶり安値、米財政

ワールド

米特使「ロシアは時間稼ぎせず停戦を」、3国間協議へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引き…
  • 8
    飛行機のトイレに入った女性に、乗客みんなが「一斉…
  • 9
    自撮り動画を見て、体の一部に「不自然な変形」を発…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story