コラム

アメリカのAO入試はどうして機能しているのか?

2011年03月09日(水)10時32分

 京都大学の入試不正事件を契機に入試制度に関する議論が深まっているのは良いことだと思います。勿論、日本でも「情報を遮断した密室での筆記テスト」の弊害はずいぶん以前から指摘されており、例えば「入試では拾えないユニークな人材」を入学させようとAO(アドミッション・オフィス)入試というのがかなり以前から導入されているようです。

 ですが、現状は決して上手くいっていない、報道や教育関係者などから伝わって来るのはそんな感触です。最近では、AOで入った学生は就職試験で「要チェック」にして、一般入試に受かって入った学生とは区別するというような会社もあるようで、これまた大学入学後の教育内容をバカにした点で、「学歴ロンダリング」という言葉の持つイメージと同様の居心地の悪さを感じてしまう話です。

 そうは言っても、多くの大学でAO入学者には大学の授業についていけるように「入学前教育」をするという現実がある以上、本来の趣旨である「個性的な人材」の評価という効果よりも、安易な入学ルートに流れてしまっているというのも現実のようです。では、AO(入試事務室のこと)という名前の由来にもなったアメリカの大学受験制度はどうして機能しているのでしょうか? 「内申書+推薦状+履歴書+自宅で執筆したエッセイ+SAT(統一テスト)の成績」という要素だけで、難関校であっても合否判定については「それでよし」としている、その秘密はどこにあるのでしょう?

 以降は、私が10年以上にわたってアメリカでの高校生の進路指導をしたり、またアメリカの大学教員であった経験などから得た、個別の情報を整理したものです。勿論、各大学の具体的な合否基準は秘密のベールに包まれていて、詳細をうかがい知ることは不可能ですので、あくまで参考としてご理解いただければと思います。

(1)どうして高校の内申書が信用されているのでしょうか? そこには2つの理由があると思います。まず、高校の成績自体が「シラバス」という科目の詳細記述書に公開されている客観基準で出され、一定の信頼性があるようになっている点があります。例えば宿題が何%、小テストが何%、期末が何%というような計算式で、情状酌量はあまりないのが普通です。もう1つは、大学側が高校の学力レベルを統一テストの高校別平均点や独自の過去のデータベースなどで把握しているので、例えばある州のある高校で「微積分2レギュラー」の成績がBというのは、全国的に見てどの程度か見当がつくようになっているのです。

(2)情実が入りそうな推薦状がどうして機能しているのでしょうか? まず制度的には推薦状は密封封緘したものを推薦者が直送するという運用になっています。内容ですが、美辞麗句ではなく「具体的な事実」と「評価者が過去に出会った学生の中での相対的なレベル」を申告することになっています。勿論、1回だけであれば情実でウソを並べても通るかもしれませんが、各大学は「推薦者のデータベース」を密かに作っていて、合格後の被推薦者の学力や人物像と推薦状の信憑性を追跡しているという噂もあります。対象者の実力に反して美辞麗句で固めた推薦状を出したことが判明すると、ブラックリストに乗って以降はその人間の推薦状は効力がなくなるというわけです。ですから、評価者は自分の高校や運動クラブの学生について今後も推薦状を書く可能性がある場合はウソがつけないのです。

(3)エッセイや履歴書は、基本的に自宅で記入(最近はウェブで入力するのがほとんどですが)することになっています。ですからエッセイの場合は、辞書を引くのも構わないし、知的な言い回しを多く入れたいということで英語の先生などのアドバイスを受けて書いても事実上は構わないことになっています。では、どうしてそんな「自己申告」が許されるのかというと、日本の「小論文試験」のように「密室で情報を遮断して」得られる筆力や知識の判定というのとは違って、明確な目的があるからです。それは、個々の学生の持っている価値観、勉学意欲、知的成熟度などを判定するということです。勿論、そうであっても全く自立した批判精神のない学生が、大人に代筆してもらうということはあり得ます。こうしたケースに対しては、内申書や推薦状を読み込んで「立体的に人物像が浮かび上がるか?」という判定をするらしいのです。ファクトチェックで矛盾が発見されたり、人物像が情報ソースによって支離滅裂な場合は、アッサリ不合格にするという話も聞いたことがあります。入試事務室の中で、複数の目による判定を行って慎重を期すという話も聞いたことがあります。

(4)そうは言っても、やはりアメリカの入試でモノを言うのはSATという統一テストです。これはなかなか良く出来ていて、高校生には悩みの種になっています。作りとしては、日本のセンター試験の問題をもっと細切れにして、数を多くし、時間制限をきつくしたような設計で、通常のものは「数学+国語読解+国語作文(文法を含む)」で800点×3で2400点満点。その他にSAT2と言われる個別教科テストがあって、数学・生物・化学・物理・米国史・世界史・英文学・各外国語などがあり、これも日本のセンター試験よりやや厳しいものです。分量が多く時間との戦いがあるので点数は非常にバラつきが出るのと、問題や統計処理に独自のノウハウがあるので、各大学からは重宝がられ、高校生からは憎まれているのです。

(5)後は、私立大学などを中心に「求める学生像」を掘り下げているという点があります。「伝統の継承者と破壊者のバランスを取る」「授業を活性化してくれる人材」「学問レベルの向上を期待できる人材」「経済的に成功して将来寄付金を出してくれそうな人材」「二重言語、二重文化の背景を持った学生」「科学・芸術・社会への関心の中で最低でも二領域に個性を感じさせる人材」・・・学校によっても違うでしょうが、そんな観点で見ているようです。例えば書類選考でスクリーニングした後に面接を課すような場合には、こうした点に留意してチェックするそうです。ちなみに「志望校入学が至上目的の学生」というのは、まずダメというか、できるだけ排除するようにするそうです。目的と手段を取り違えており、燃え尽き症候群に陥る可能性が高いからだといいます。

 そんなわけで、AO入試とはいってもかなり手間暇をかけたことをやっているわけです。そんなアメリカからみると、学力検査をしないAO、履歴や人物の評価をしない一般入試、例外的な才能を拾うだけの一芸入試などは、どれも粗っぽく見えます。勿論、アメリカの入試にも根本的欠陥があります。それは「何も取り柄のない学生」が必要以上に「居場所のない」ところへ追い込まれること、そして公教育に依拠しない「反骨の気概」というのが若者に生まれにくいという点です。ですが、それ以外の点については、日本の入試改革のひとつの方向性として参考にはなると思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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