コラム

クライストチャーチ地震、日本は何をすべきか?

2011年02月23日(水)12時08分

 それにしても昨年に引き続き、ニュージーランド南島クライストチャーチ近辺で大規模な地震が起きたのには驚きました。本稿の時点では被害の全貌は分かりませんが、不明になっている方の無事を祈るばかりです。ところで、この地震のニュースはアメリカでもリビア情勢と並んでトップ扱いでしたが、日本の場合は日本人留学生が多数巻き込まれていることから大きく報道されているようです。

 私は電子版の各紙ニュースや、衛星放送経由の日本のニュースなどを見て感じたのですが、日本人留学生の安否を気遣うのは自然なことだと思います。とにかく救出に全力を挙げるという観点からの報道になるのも、それで良いと思います。ですが、あっけ無く倒壊したビルの映像を見ると、この社会には地震への備えが十分だったとは思えません。そのことへの批判的な観点について、第一報の時点はともかくできるだけ初期段階から報道すべきだと思うのです。日本と近い関係にあるニュージーランドへの外交的遠慮ということもあるでしょうし、前回地震被害の復興途上という悲運も考慮すべきでしょう。ですが、言うべきことは言っていく必要があるように思います。

 被害者の立場から犯人探しをするためではありません。実は日本という社会は「地震災害とは天変地異である」という考え方を乗り越えた世界でも稀有な国だからです。もっと言えば「地震被害は人災である」という認識が社会的に共有され、更に「人災である地震災害を防止するための措置」を社会的に講じている国なのです。にも関わらず海外の地震災害に関しては、人災への厳しい視点がどうしても欠けてしまうようなのです。

 今回だけではありません。2004年のスマトラ沖地震とその後の津波被害、更に同地区で繰り返された地震被害、2010年初頭のハイチ大地震なども同じでした。日本のメディアの報道姿勢では、一貫して「人災という面への批判」が不足していました。単に天変地異に人間が翻弄されている悲劇、そんな観点ばかりが目立ちます。では、どうしてこのような報道は変えるべきなのでしょうか?

 問題は、日本の耐震思想と耐震技術をどうしてもっと海外に普及できないのか、という点です。日本は自らを深刻な地震国だと認識すると同時に、度重なる地震被害、とりわけ1994年の阪神淡路大震災の教訓を活かして「耐震建築技術」に莫大なカネを注ぎ込んで来ました。建築基準法が厳しく整備され、耐震偽装事件などを契機にその実施にも厳しい監視がされるようになりました。その結果として、民間もそうですが、とりわけ膨大な公的資金がこの耐震建築あるいは耐震都市づくりのために投入されたのです。結果的に日本の建設業界の耐震建築技術は大きな進歩を遂げていると言って良いでしょう。

 現在の日本では、ハコモノ行政が大きく見直され、良し悪し以前に資金的にこれ以上作れないという状況下、民間の不況も合わさって建設業界は非常に苦しい状況にあると思います。ですから、耐震技術を売り物にして海外市場にどんどん出て行くことが必要なのです。ですが、海外ではまだまだ「地震は天災」という「あきらめムード」が日本と比べれば残っています。

 そこで、まず「地震災害とは天災ではなく人災」という思想、そして「耐震技術を導入して人々の生命を守るのは社会的責任」という思想、つまり言ってみれば「地震リテラシー」を普及することから始めなくてはなりません。例えば、四川大地震の際には「人災だ」という告発を中国政府は最終的に握りつぶしてしまいましたが、日本が誠実に「人災であり技術で被害は抑えられる」という姿勢をアピールし続けていれば、いずれ中国にも良い影響があるように思います。

 先週はフロリダ州知事が「カネがないし、効果も疑問」だとして新幹線構想をキャンセルしてしまい、同州で日本の新幹線を売り込む構想は当面消えてしまいましたが、新幹線のセールスにしても、そこに耐震安全性というプラスアルファの価値を持ち込めれば、まずヨーロッパ勢や中国のコピー商品には絶対に負けないだけの競争力を発揮できるように思うのです。

 つまり、ニーズがないから海外市場を諦めるのではなく、ニーズの創造のための前提となる価値観から徹底して売り込んでいくのです。新幹線の場合、環境と省エネの問題や正確な運行のカルチャーなど「新幹線という思想」を普及するには時間がかかると思いますが、地震被害の極小化という人命に直結する問題については、努力すれば短期間での普及は可能なように思います。

 もう一つの問題は、その日本の耐震技術が高コストだという点です。景気のいい時代には公共投資の理由として、民間のビル建て替え需要創出の原動力として効果的だった耐震基準ですが、耐震性の確保にカネがかかるということで、現在では色々な問題が出てきています。例えば、歴史的な建造物でも、耐震性が弱いにもかかわらず改修費用が捻出できないケースでは、建築物を維持できない例がどんどん出ているようです。今後はそうした問題は更に増えるでしょう。

 日本の耐震建築技術が国際化して、どんどん世界の各地で売れていくようになれば、コストダウンも可能でやがては日本国内の耐震補修のコストも抑えることができるようになるのではないでしょうか? 勿論、補修コストの多くは人件費であり、コスト圧縮イコール労働条件や購買力の毀損になる点は注意しなくてはなりませんが、機材や材料、そして施工ノウハウなどは海外の厳しいコスト要求に「もまれる」ことで、単価を抑えながら産業としては成長することは可能なように思うのです。

 そんなわけで、日本の耐震技術を世界に売り込む、そのために「地震災害は人災」という思想を世界に広める、その波及効果として日本国内の耐震技術コストも適正化するという「好循環」を生むためにも、「地震災害イコール天災」という「遅れた」海外の事情や、悲惨な被害の状況は全て報道していくべきだと思うのです。

 そこを「何とかしよう」という国際化に意欲をもった人材が建設業界を改革して、どんどん外へ出ていくためにも「海外ではこんなに耐震性が軽視されている」ということを現地の被害全体を報道することで日本社会として正確に認識することは必要だと思うのです。更に言えば、耐震技術の普及について、国際会議を行って各国をリードするぐらいのことはやっても良いと思うのです。

 今回のクライストチャーチでの語学学校入居ビルの倒壊に関しては、とりあえずは被災者の救出が最優先ですが、その後には恐ろしい思いをした人々の無念を晴らすためにも、日本の耐震技術をニュージーランドをはじめとして世界に広めていく契機にすべきだと思います。漠然と「海外はリスクがあって怖い」という内向きの空気を増幅させるのではなく、国内のノウハウを使って海外に向けて「リスクを減らす」提言をしてゆくべき時であると考えます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

パナソニック、アノードフリー技術で高容量EV電池の

ワールド

タイ、通貨バーツ高で輸出・観光に逆風の恐れ

ビジネス

自工会会長、米関税「影響は依然大きい」 政府に議論

ワールド

中国人民銀、期間7日のリバースレポ金利据え置き 金
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story