コラム

「ねじれ政局」打開には憲法改正しかないのか?

2010年12月15日(水)12時26分

 日本の政局は膠着状態が続いています。当面の問題としては小沢一郎氏を政倫審への出席に追い込めるかどうかの党内抗争があるように見えます。一方で、この抗争が政治的駆け引きになることの背景には、離党をちらつかせる小沢グループに、大連立をちらつかせる主流派が対抗しているという力学があるのです。

 この大連立構想ですが、今回は小沢離党への対抗策という力学だけでは余りにも大義名分がないのでTPP決断のためだとか、景気を考えて予算関連法案を通すためなどという話を伴っているわけです。もっと言えば、派閥抗争というのは脇の話であって、予算関連法案が通らないとかTPPが決められないという政治的閉塞こそ問題だと言うことも可能でしょう。

 ですが、大連立に関しては、有権者からは「そもそも大連立を公約に選挙の洗礼など受けてないではないか」として、民意への離反という受け止め方をされても仕方がない、これもまた真実です。

 では、何が問題なのでしょう? 菅首相や小沢氏、あるいは岡田、前原というような政治家の資質が足りないからなのでしょうか? 気まぐれな有権者が衆参両院に「ねじれ」状態を作ったのがいけないのでしょうか? あるいは予算以外に衆院の優越が認められるには3分の2の「再可決」が必要という憲法の高いハードルに問題があるのでしょうか?

 そう言えば、2大政党制が徐々に確立される際に言われたのは、「対立軸を明確に」ということでした。ですが、今はその考え方も非常に弱くなりました。沖縄の問題にしても、今回の法人税率引き下げにしても、民主党と自民党の差は接近しているというよりも、良く分からなくなっているのです。この対立軸の整理ができて、例えばアメリカのように「大きな政府か小さな政府か」という軸が一本通れば良いのでしょうか?

 これもまた不可能に近いように思います。というのは、現在の日本の政治課題は一次元の対立軸ではとても整理しきれないからです。グローバリズムへの適応か内向き指向か、自由競争自助努力か統制経済と結果の平等か、中央集権か地方分権か、財政規律か景気対策か、日米関係は緊密にするのか距離を置くのか、中国の価値観を認めるのか米国と一緒に批判に回るのか・・・最後の2つはまあ裏返しですから1つにまとめるにしても、4つの軸に関してそれぞれの選択肢をAとBとするならば、AAAAからBBBBまで16通りの「立場」があることになります。環境か成長かなどというのを入れればもっと増えるでしょう。主義主張とは違いますが、与党的傲岸と野党的拙劣というカルチャーを抱えたまま与野党がひっくり返っているという「構図」もあります。

 強いて言えば、菅内閣というのは「本籍リベラル」であるにも関わらず現実的な課題を処理しようと意気込む中で、従来はあり得なかったような選択肢のパッケージ、例えば富裕層増税と法人減税を抱き合わせるというような「意外な組み合わせ」に挑戦しており、益々もって「立場」の組み合わせを1つの軸に並べるのを難しくしています。意外な組み合わせというのは、旧来のイデオロギーの軸に乗らないというだけでなく、選挙時以来の民意から見ても「何故?」と首をかしげるという「意外性」のことも意味しています。

 現在の政局がどうしてこのような膠着状態に至ったのかというと、つまりは選挙における民意の選択が、その結果できた政権の政策に反映されにくいということが最大の理由でしょう。ただ、それは民意は理想主義的だが実際の政権運営は現実的にならざるを得ないというだけでなく、そもそも16通りも32通りもある政策のパッケージのバリエーションを2大政党は代表していないということに尽きると思います。

 政策の議論ができないのも、軸を設定して徐々に妥協点へ歩み寄るような調整ができないのも、現行の2大政党のそれぞれの視点からは、現代の日本が直面している課題に対する最適解を導いて民意とのコミュニケーションを行うことができなくなっているからだと思います。

 ではどうするか、問題が軸が一本にならないという点にある以上、憲法改正などという大変なことをして衆院の優越を強化しても同じことの繰り返しのように思います。であるならば、TPPや予算関連法案、税制などの主要課題について「党議拘束」を解除するしかないように思います。両院議員総会で各政党の幹事長が指示する投票行動ではなく、各議員がそれぞれの支持者の意見を代表する形で自由投票をさせるのです。そのことを前提に、内閣は国会での多数派工作をする、その中での妥協や意見の組み替えについては一人一人の議員が選挙区とコミュニケーションを取る、そうした方法しかないように思うのです。

 党議拘束が民意を議院内閣制の中で生かすために機能していない現在、まずは党議拘束を外して個々の議員が大きな課題に関するポジショニングを決めて議決に臨む、とにかく政治の閉塞を打破するためには、これをやってみるべきではないでしょうか。その上で、税制にしてもTPPにしても決定ができたのであれば、それは民意の反映した意志決定になると思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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