コラム

幼保一元化の最善手は何か?

2010年11月19日(金)08時18分

 自分が子供を育てた経験がある人間には、初めて子供を集団保育に送る際の不安と期待というのは一生ついて回ると思います。その意味で、日本の「待機児童対策」として幼保一元化が語られてきたのには注目をしていました。ところが、この幼保一元化ですが、さすがの村木厚子氏でも一気に持っていくのはムリだったようで、ここへ来て突然動きが怪しくなってきました。

 反対の急先鋒は幼稚園団体で、「幼稚園の教育水準が守れない」という主張があり、その背景には保護者の意向があるのは明白です。またその背景には、幼稚園=専業主婦カルチャーと、保育園=共稼ぎカルチャーの互いに譲れない価値観の対立もあると思います。

 ちなみに、この「待機児童=幼保一元化」という観点から考えると、アメリカの幼稚園や保育園の話は直接は参考にはなりません。というのは、公的な補助金は貧困層への補助があるだけで、ほとんどゼロ。したがって幼稚園も保育園も非常にコストが高く、基本的に自己負担だからです。幼保一元化どころか、民間ベースに勝手に幼稚園と保育園が存在しているわけで、制度としては参考にはなりません。

 また社会的な状況も、アメリカでは空前のベビーブームが続く中で出産年齢ゾーンの人口も、毎年300万人を超える出生数も安定しており、リーマンショック以降やや落ち着いてはいるものの、非婚少子化や高齢化の気配はありません。

 ですが、アメリカで行われている幼児教育に関して、もしかしたら参考になるかもしれない点が1つあります。それは「5歳児」の扱いです。アメリカの幼稚園や保育園は民間に丸投げと申し上げましたが、その一方で「5歳児」はどうかというと、これは多くの州で無償の公教育の初学年と位置づけられているのです。アメリカの学制では1年生は日本と同じ6歳からですが、この「5歳児」は「キンダーガーテン」といって公立小学校の「慣らし運転期間」となっています。

 ビル・クリントン時代にアメリカが進めた教育改革も「K・トゥ・16」つまりキンダーから16年生(大学4年生)までの統一カリキュラムをガイドラインとして筋を通すことが中心でした。この「キンダー」は多くの場合は小学校に併設されていますが、午前午後の長時間保育ではなく、午前だけ、あるいは午後だけとの複式という形で子供の負担を軽減して(自治体のコストも軽減して)いる学区もあります。

 その教育内容ですが、学年終了時の到達度目標としては、非常に明確に定義されています。主要なものとしては以下のようになっています。

1)アルファベットの一部がわかる。数は10まで数えられる。
2)鉛筆やクレヨンなどを正しく持てる。はさみやノリなどが使える。
3)ボールをポンポン弾ませることができる。
4)モノの大小、多寡がわかる。
5)自分の名前が言える。着替え、トイレ、片付けができる。
6)一人遊びと集団遊びが区別してできる。指示に従える。
7)読み聞かせに集中できる。
8)親から抵抗なく離れることができる。

 何だか幼稚園にしては厳しそうだし、学校にしては目標が低すぎて不安だしという印象を持たれる方も多いと思いますが、それもそのはずであり、アカデミックなスキルも、社会性のスキルについても、正に「幼稚園・保育園」と「学校」の接続の機能を持たせた「ちょうど橋渡し」のカリキュラムになっているのです。

 その効果として、アメリカでは「小一プロブレム」は顕在化していません。皆無とは言えないのは、小一以上の場合は社会性の訓練ができておらず、学級活動に支障がある場合はどんどん取り出してスペシャル・プログラムや医師の診断に委ねてしまう「排除の論理」があるからですが、その善し悪しはともかく、「小学校の学級で授業に集中できない」という問題が出てこない背景には、この「キンダー」という接続が上手くいっているからだと思います。

 私は日本の場合は、幼保一元化を通じて仮にこれまで幼稚園の方がアカデミックな内容も、社会性の訓練も行き届いているのであれば、幼稚園の水準に合わせるべきだと思っていました。ですが、それは色々な問題で難しいということであれば、この際ですから組織の一本化は見送るとしても、最低限5歳児に関しては、「小一プロブレム」の根絶を目指して幼保のカリキュラム、つまり達成度の定義を揃えるべきだと思うのです。

 本当は限りある国富は将来の社会の発展への先行投資として、こうした分野に投入すべきだと思うのですが、諸般の事情から大きな改革を行うのが難しいのであれば、せめて幼保一元化の中での諸改革が、単純な待機児童削減の数合わせだけではなく、少なくとも「小一プロブレム」を無くす方向での改革になることを祈りたいと思います。

 日本の出生数に関しては、第2次ベビーブーマーの出産年齢が高年齢まで「引っ張られる」ことで急減を免れてきましたが、向こう数年で一気に出産ゾーンの人口が激減して息切れすることも予想されます。そうした場合に、待機児童対策は子供の自然減で不要になったが、一連の改革で幼児教育の質だけが低下していたということになっては困ります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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