コラム

日米の政局に共通点はあるのか?

2010年07月16日(金)13時23分

 カリスマ的な任期を誇るオバマ大統領、しかも少なくとも2012年まで任期が確定しているというのは、「一寸先は闇」の日本の政局と比較すると全く別次元の安定政権のようにも見えます。ですが、11月の中間選挙まで3カ月強となった現在、オバマ大統領の状況は、決して安泰ではありません。そして、その背景にある「民意」の揺れには、日米に共通な状況もあるように思います。

 オバマの抱えている問題の第一は、事故発生から約3カ月にわたって200万バレルという原油を流出させた「メキシコ湾BP油田事故」で、正に「オバマのカトリーナ」として政権を悩ませてきました。この問題に関しては、とりあえずBP社と米軍(沿岸警備隊)が共同で行った新型バルブによる閉鎖作戦が開始されています。15日の木曜日には、(本稿の時点で)事故後87日目にして、初めて流出を止めることに成功していますが、オバマ大統領以下関係者全員は「とにかく最初の48時間は何とも言えないので、事態を見守るだけ」という慎重姿勢を崩していません。

 この問題に関しては、一見すると日本には無縁のように思えるかもしれませんが、宮崎県で起きた口蹄疫の問題が県と農水省を越えて、国政トップレベルの責任問題に発展するような規模で起きていたと思えば、決して人ごとではありません。問題の本質も「安全のための殺処分か、県経済のための種牛保存か」という問題は、「環境のための深海油田掘削停止か、地域経済のための掘削継続か」という対立構図に似ています。アメリカの石油の問題に関して言えば、そこにイデオロギーも入ってくるわけで、正にオバマ大統領は翻弄され続けたと言って良いでしょう。

 民主党の大統領としてハッキリと「環境」で押し通すことはせず、景気を考慮した「現実路線」を取ろうとして却って左右から叩かれたオバマを見ていますと、本当に苦労したとしか言いようがありません。例えば口蹄疫の問題に関して言えば、対応の遅れの目立った赤松前農水相も、今後のことを考えて法治主義の悪玉に徹している山田農水相も、どちらも「宮崎の酪農、宮崎の経済」に関する当事者としての行動は、全て東国原知事に投げているわけで、この構図と比較してみると、そして問題の規模を考えると、いかに大統領が苦境に立っていたかが分かるように思います。

 では、仮にここ一両日の作戦が成功して流出が止まったとしたら、オバマの支持率は回復するのでしょうか? そう簡単には行かないと思います。というのは、景気回復の遅れ、そして雇用の戻りの遅れは世論を疲弊させており、その批判は大きな圧力として大統領に向かっているからです。例えば、雇用統計に関して言えば、本当に遅まきながら今週あたりの数字は民間を中心とした改善のトレンドを感じさせるのですが、社会の雰囲気としてはどうしようもない不透明感があります。

 そんな中、共和党を中心とした保守勢力は、改めて「金融機関などへの公的資金注入+景気刺激策」に対して「財政赤字の拡大」を懸念する立場から、激しい非難を開始しています。この点に関しても、ギリシャ問題で世界中の世論を不安に陥らせた「自分の国の財政は大丈夫か?」という不安感情という点で、日本などとも共通な面も大きいと思います。

 ただ、この問題に関しても、アメリカの場合はイデオロギー的な対立に収束してしまう可能性が高く、その点では日本の難しい政局の参考にはならないように思います。基本的には、アメリカの保守派の「反財政赤字」というのは、ドル防衛とか金利への敏感さといったテクニカルなものではなく、また「デフォルト」とか「国債入札失敗」、「IMF管理」といった「大破綻」への恐怖を抱えているわけでもありません。そうではなくて、漠然と「公的資金に頼った生き方には反対」というイデオロギー的な発想が主であって、ホンネのところの危機感はそれほど濃くはないのです。

 むしろ、リベラルなオバマが大統領であることへの反発がまずあり、その具体化として財政のことを言ってきているという感覚の方があります。その証拠に、本当に破綻と直面しているカリフォルニアを本気で救済する動きは、右派からは積極的には出てきていません。共和党の知事候補としては、実務派のメグ・ウィットマン元イーベイ会長が立っているのは、その象徴とも言えます。カリフォルニア以外の共和党が自州や連邦について「このままではギリシャやカリフォルニアになる」という危機感を煽るような言論はそれほど燃えさかってはいないわけで、そのために実務派候補を選択することができたとも言えますし、それは全国的な政治課題にはなっていないからだとも言えます。

 一方のリベラルの方は、勿論ですが、共和党と比較すると「大きな政府」への危機感が相変わらず薄いのです。景気回復の遅れに関しては、地方にもよりますが、まだまだ雇用対策や景気刺激策の「追加」を訴える声もあるぐらいです。では、そうした姿勢の背景には「アメリカがどうなっても構わない」という「自暴自棄」があるのではなく、「結局アメリカ経済は復活するだろう」という漠然とした、しかし強い確信に裏打ちされていると言えるでしょう。

 昨今の動きでは、今日現在としては、ほぼ唯一の「共和党内の次期リーダー候補」であるサラ・ペイリンについて、既に一児の母である長女が、一旦は婚約解消をしたその子供の父親と復縁したというニュースが駆けめぐりました。一見すると、芸能ワイドショー向けのゴシップ以上ではないニュースですが、ほとんどのメディアで大きく取り上げられている背景には、あくまで今日現在の暫定的なものであっても、この一家がホワイトハウスに入る可能性を多少なりとも意識しているということがあると思います。

 リベラル実務家のオバマと、右派ポピュリストのペイリンという「分かりやすい」対立構図、こちらの方は複雑化した日本の政局とは大きくかけ離れていると思います。日本の方が選択肢も限られていますし、その限られた選択肢と民意の乖離も複雑な形で残っているからです。ただ、広大な自然と人口を背景に、漠然とした楽観論やイデオロギー闘争をする余裕のあるアメリカに比べると、日本の世論による「ねじれ」という苦渋の判断ははるかに深く、重いと思うのです。その奥には政治への絶望と、社会としての方向性の総見直しを迫られる不安が渦巻いています。歴史に因果関係があり、その結果としての順序というものがあるのならば、アメリカより日本の社会が先行しているからでもあります。

 では、アメリカの政治は日本の苦境に取って全く参考にならないのでしょうか? 確かに、大きなストーリーとしては、また政治的な対立の軸や価値観については以前から違っていたのが、更に異なってきているのは事実だと思います。ですが、個別の問題、特にテクニカルな問題では、アメリカの例は良い事例も、悪い事例も参考になるように思います。直接民主制の欠陥、世論調査の精度・スピード・活用法、ネット選挙、立法権と行政権のあり方、党議拘束、二大政党制を機能させる条件といった、問題に関しては、アメリカの事例と日本の事例を突き合わせて細かな議論をしてゆきたいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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