コラム

アメリカの「補選」、分裂選挙の意味

2009年10月26日(月)12時03分

 日本では、鳩山政権は相変わらず支持率が高いようです。何よりも、静岡も神奈川も参院の補選は民主党が取ったということがそれを証明しています。一方で、日本の方々には意外感があるかもしれないのですが、「チェンジ」を標榜して高い支持率の中スタートしたオバマ政権の方はここのところ低迷が続いています。

 日本の補選と比較するとするならば、丁度この11月の第1火曜日は「選挙の日」です。4年に一度の大統領選を含む総選挙や、その2年後にある中間選挙もこの日ですが、今年の場合はそのどちらでもない「静かな年」なのですが、私の住むニュージャージーでは知事選(過去の出直し選挙の関係でサイクルがズレているのです)、お隣のニューヨーク州では下院の補選があり、興味深い動きになっています。

 というのは、どちらも「オバマ人気」にあやかって「民主党候補が有利」とはなっていないのです。まずニュージャージーですが、現職のジョン・コーザイン知事は民主党ですが、今回の再選を目指した選挙では全く勢いがありません。というのも「増税はなし」という公約を掲げて知事になったのにも関わらず、消費税率を6%から7%にアップしたこと、そして州政府のリストラが進んでいないことが世論の離反を招いているのです。

 この消費税率アップに関しては、歳入欠陥による政府の機能停止(シャットダウン)という事態を経験しながら、州議会の与野党合意がギリギリのところで出来た結果決まったものであり、知事一人の責任でもないのですが、やはり「増税しない」と言いつつ「消費税を上げた」という事実は重く、共和党側が優勢となっています。ただ、チャレンジャーのクリス・クリスティー候補(共和党)は、ここニュージャージーでは票が伸びない「保守の価値観」に寄りすぎている(小さな政府+中絶反対)ため、ここへ来て「第3の候補」として独立系の州の元環境長官であるクリス・ダゲット候補が支持を伸ばしているのです。

 一方で、ニューヨーク州北部の補選では、オバマ政権の医療保険改革などが不人気であることから「勝機あり」と見た州の共和党が「リベラル寄り」の候補、スコザフェーバ女史を立てて必勝を期したところ、「草の根保守」からは「中絶賛成派の彼女は真正保守ではない」という抗議が出ています。その結果として、共和党は分裂選挙となり、保守派のホフマン候補を擁立したのです。このホフマン候補ですが、アラスカ州知事を辞任した「サラ・ペイリン女史」が彼を支持した(党内ではヒンシュクを買っていますが)ことから支持率が急上昇し、共和党の票は真っ二つに割れた格好となりました。

 ここへ来て、共和党の「現実路線」を代表するニュウト・ギングリッジ元下院議長がスコザフェーバ支持を表明するなど、ここは単なる分裂選挙というよりも、今後の共和党が現実路線で行くのか、保守派の情念路線で行くのか、方向性を占う試金石というムードも出てきています。その一方で、2人が票を食い合っているのは間違いなく、結果的に元々は共和党の議席であったこの選挙区は民主党のオーエンズ候補に行くという観測もあります。

 考えてみれば、ニュージャージーの知事選の方は、中間派のダゲット候補とコーザイン知事が民主党の分裂選挙をやっているという趣もあり、図らずも今回の11月のアメリカ北東部の政局は「三すくみ」の注目選挙が2つ行われることになりました。どうして「三すくみ」なのでしょう? どうして分裂選挙になったのでしょう? ニュージャージーの方は、コーザイン知事の「大きな政府」路線が嫌われての結果です。またニューヨーク州の補選の場合は、共和党側が「真正保守って何?」という自分探しの結果として割れているのです。

 選挙結果が出れば、また別の観点も出てくるかもしれませんが、現在のところとしては、アメリカの民意は「健全な中道派」を探して模索しているようなところがあります。共和党が保守的なイデオロギー政党に凝り固まることへの抵抗感もあるし、民主党に関して言えば、オバマ政権が余りムリをして医療保険改革に公営保険を入れたりするのには中間派的な感覚からすると抵抗感があるのです。その意味で、現在のオバマ政権はやや軸足が左に行きすぎて、政治的には不安定になっていると言うべきでしょうし、共和党にしても「草の根保守」に引きずられて右に寄りすぎているのかもしれません。

 この11月の選挙が、そのあたりで両党の「軌道修正」のきっかけになれば良いのだと思います。ただ、オバマ大統領の政治的基盤は当分は弱い状態が続くと思います。政治的に弱い政権は、実務的な妥協や譲歩を行うパワーに欠ける、そんな「政治の算術」を考えると、普天間の問題で準備不足のまま首脳会談に入るのは良いことではないように思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ローマ教皇レオ14世、初のクリスマス説教 ガザの惨

ワールド

中国、米が中印関係改善を妨害と非難

ワールド

中国、TikTok売却でバランスの取れた解決策望む

ビジネス

SOMPO、農業総合研究所にTOB 1株767円で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 9
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 5
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story