コラム

2年半ぶりの一時帰国で大江千里が日本に感動、日常にひそむこの国の「美徳」とは

2022年09月28日(水)18時00分

物語が始まった一杯の立ち食いそば SENRI OE

<日本のすごさは物価の安さだけじゃない。大江千里が一時帰国で再発見した、「世界中で日本だけ」のクオリティー>

久しぶりの一時帰国からニューヨークへ戻り、日本の「当たり前」が妙に、恋しくなった。

8月、2年半ぶりに帰国すると、東京オリンピックを経て日本が変わったように感じた。具体的には、地下鉄の表示が外国人でも分かるように書かれるようになったこと。新幹線の車掌さんの英語アナウンスも聞き取りやすい。さぞ外国人は安心だろうと思った。

ココイチ(カレーハウスCoCo壱番屋)や富士そばが安くておいしくてびっくり。手際がよく調理時間も短い。ドルでギャラをもらっていると驚くような物価高にも麻痺しているが、日本に帰国すると改めて「物価の安さ」に舌を巻く。

ニューヨークで「刺し身クオリティー」と呼ばれるほど新鮮な生魚に、甘いトマト、シラスを買って600円だ。ニューヨークだと2500円はいく。

今回、最も感動したことがいくつかあった。1つは白馬でコンサートを終え長野駅で立ち食いそばを食べたとき、かき揚げがカリッと揚がってその分厚いこと。しかも1人で切り盛りするおばちゃんが「追い汁してあげようか?」と汁を足してくれた。

おかげでそばと卵とかき揚げを最後の一滴まで楽しめた。ごちそうさまとお辞儀をする僕に「わざわざ足を止めてそばを食べてくれてありがとう」と言われた。このそばがなぜうまいのか、その理由が分かった気がした。

世界中で日本だけ

関西学院大学でコンサートをしたあと宝塚に1泊したのだが、宝塚線の車両で傘を忘れた女性がいた。目の前に座っていたご高齢の女性が「忘れましたよ」と告げたのだが、その人は聞き逃したままスタスタと電車を降りてしまった。

ニューヨークじゃよくある光景なのだが、ドアが閉まる瞬間、僕が体を挟んで大声で「階段を降りていった女性の忘れ物を誰か受け取ってくれませんか?」と言い、そのご高齢の女性に「傘をください」と促した。

彼女から僕、僕からホームにいた別の女性へと傘を連携プレーで受け渡し、その女性が去っていった女性に届けに行ったのだ。

ドアが閉まりご高齢の女性が「あの方に教えて差し上げたのですけど、ちゃんと私が降りて届けてあげればよかったんですよね。ごめんなさい」と僕に言うので、「とんでもない、言ってくださったおかげで今ごろ傘は届いてますよ」と喜び合った。

ふと視線を感じて振り返ると、車両中の人が僕たちを見ていた。「お騒がせして申し訳ありませんでした」と一礼すると、その場の乗客の方々がほぼ全員、腰を浮かせて僕らに一礼をされたのだ。これには感動した。静かなマスクの内側にはこんな親切や思いやりが隠されている。

そんな僕は滞在中、何度かパスポートなど貴重品の忘れ物をした。しかし100%返ってきた。ぼうっとするなって話なんだけど、こんな国、世界中で日本だけだ。便利でオンタイムでクリーンでチップも要らなくてホスピタリティーにあふれている。

銃保持が5人に1人、街中でマリフアナをやっているホームタウン、ニューヨークに戻り、さっきまで普通にそこにあった日本の「当たり前」が妙に、恋しくなった。

プロフィール

大江千里

ジャズピアニスト。1960年生まれ。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー後、2007年末までに18枚のオリジナルアルバムを発表。2008年、愛犬と共に渡米、ニューヨークの音楽大学ニュースクールに留学。2012年、卒業と同時にPND レコーズを設立、6枚のオリジナルジャズアルパムを発表。世界各地でライブ活動を繰り広げている。最新作はトリオ編成の『Hmmm』。2019年9月、Sony Music Masterworksと契約する。著書に『マンハッタンに陽はまた昇る――60歳から始まる青春グラフィティ』(KADOKAWA)ほか。 ニューヨーク・ブルックリン在住。

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