コラム

【大江千里コラム】NYで奏でる「蛍の光」はさよならの歌じゃない

2020年01月28日(火)17時30分

ジャズバーでのカウントダウン(19年12月31日) COURTESY SENRI OE

<ニューヨーク在住のジャズピアニスト・大江千里氏によるエッセイコラム。かつて、ニューヨークでの夢を諦めひっそりと帰国したことがあるという大江氏。当時の思いと、13年後に一念発起して再渡米し、2020年の始まりをニューヨーカーたちと「蛍の光」と共に迎えた胸の内とは>

1989年12月31日。僕は初めて訪れたニューヨークで、知り合ったばかりのニューヨーカーに連れられ、当時隆盛を極めていた大箱クラブにいた。

大勢の人でごった返すなか大音量の音楽に合わせてカウントダウンが始まり、見知らぬ人同士で乾杯した後マイナス16度の外に出た。すすった鼻水が凍りそうで、熱気でむせ返りそうなクラブの中と外のギャップは一体何なんだと衝撃を受けた。

あれから30年。気が付けば僕はニューヨークに住み、この街でジャズメンとして新年を迎えている。ジャズバーでのカウントダウン。5、4、3、2、1──誰からともなく始まった掛け声が大声になり、あの日と同じようにシャンパンが威勢良く開く音が新しい年にこだまする。

ハッピーニューイヤー! 口々に叫び乾杯した後、毎年恒例の「オールド・ラング・ザイン」の合唱に。スコットランド民謡のこの曲は、日本では「蛍の光」として知られる「さよなら」のときの歌だが、こちらじゃ始まりのときに歌うのだ。

ニューヨークで新年を迎えるために世界中から訪れた人々が、それぞれ自国の歌詞で参加する。一度にいろんな歌詞の聞こえる歌の伴奏をする至福ったらない。多民族が音楽でつながる瞬間。世界がこんなふうにいつまでも続けばいいのにと思う。

確かに僕はあの日この街にいた。当時、一目ぼれのニューヨークに戻りたくて小さなアパートを借り住んでみたが、4年ほどで、日本での仕事を続けつつ語学学校に通う日々から現実に戻ろうとひっそり日本へ戻った。

帰国する日、ジョン・F・ケネディ国際空港へ向かう橋の途中で一度だけマンハッタンを振り返った。「また気が向いたらいつでも帰っておいで」。そんなクールな感じでニューヨークは静かにそこにいた。

プロフィール

大江千里

ジャズピアニスト。1960年生まれ。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー後、2007年末までに18枚のオリジナルアルバムを発表。2008年、愛犬と共に渡米、ニューヨークの音楽大学ニュースクールに留学。2012年、卒業と同時にPND レコーズを設立、6枚のオリジナルジャズアルパムを発表。世界各地でライブ活動を繰り広げている。最新作はトリオ編成の『Hmmm』。2019年9月、Sony Music Masterworksと契約する。著書に『マンハッタンに陽はまた昇る――60歳から始まる青春グラフィティ』(KADOKAWA)ほか。 ニューヨーク・ブルックリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

インドとパキスタン、即時の完全停戦で合意 米などが

ワールド

ウクライナと欧州、12日から30日の対ロ停戦で合意

ワールド

グリーンランドと自由連合協定、米政権が検討

ワールド

パキスタン、国防相が核管理会議の招集否定 インドに
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 3
    SNSにはトップレス姿も...ヘイリー・ビーバー、ノーパンツルックで美脚解放も「普段着」「手抜き」と酷評
  • 4
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦…
  • 5
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 6
    教皇選挙(コンクラーベ)で注目...「漁師の指輪」と…
  • 7
    指に痛みが...皮膚を破って「異物」が出てきた様子を…
  • 8
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 9
    「股間に顔」BLACKPINKリサ、ノーパンツルックで妖艶…
  • 10
    恥ずかしい失敗...「とんでもない服の着方」で外出し…
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 3
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 4
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 5
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 6
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 7
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 8
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 9
    SNSにはトップレス姿も...ヘイリー・ビーバー、ノー…
  • 10
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 8
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story