コラム

中国・ロシアのスパイとして法廷に立つ「愛国者」──欧米で相次ぐ逮捕劇の背景にあるもの

2024年05月20日(月)21時25分
マクシミリアン・クラフ議員

マクシミリアン・クラフ議員 DW News-YouTube

<イギリス、ドイツで中ロ政府の情報活動に関与した疑いで逮捕者が続出。欧米で諜報戦が表面化する中、気になる傾向が>


・国際的な緊張の高まりを受け、欧米では中ロのスパイと目される容疑者の逮捕が相次いでいる。

・逮捕者のなかには移民だけでなく、常日頃 “愛国者” を自認する極右の政治関係者も少なくない。

・そこには金銭授受の疑いがあるが、それだけでなくもともと欧米の “愛国者” と中ロの間には思想的共通性もある。

相次ぐ中ロのスパイ逮捕

ロンドン地方裁判所で5月13日、中国のスパイとして逮捕された3人の中国系人に対する裁判が行われた。訴状によると、3人はロンドンにある香港の経済関係の出先機関の関係者で、イギリスでの情報収集などで香港の情報当局に協力していた。

3人は法廷で氏名、年齢、住所などしか口にしなかったという。中国政府はこの疑惑を否定している。

イギリスでは今年2月、ブルガリア国籍のロシア系人4人が、やはりロシア政府の情報活動に協力していたとして逮捕された。

国際的な緊張がエスカレートするにつれ、欧米ではこうした諜報戦が表面化している。それはイギリスだけではない。

ドイツ当局は4月22日、軍事転用可能なレーザー技術を無許可で中国に輸出しようとしていた疑惑で3人を逮捕した。このうち2人は中国系人で、ドイツ国内で機械関連の会社を操業する夫婦だった。

また、4月11日にはドイツ国内にある米軍施設などの情報を集めていたとして、ロシア系ドイツ人2人が逮捕されている。

これらの事件からは、人の移動が自由になったグローバル化のもと、各国当局が中ロ出身者に警戒を募らせていることがうかがえる。

保守系政治家からも逮捕者

ただし、ここでの目的は外国人や移民に対する偏見を助長することではない。むしろ最近目立つのは、中ロのスパイとして逮捕される者に、自称 “愛国者” を含む保守系の政治関係者も含まれることだ。

その象徴は4月末、ドイツ東部のドレスデンでマクシミリアン・クラフ議員に対する司法手続きが始まったことだった。

クラフ議員にはロシアや中国の政府機関などから金銭を受け取り、中ロに有利なプロパガンダを拡散した疑惑が持たれている。

例えばクラフ議員は2021年5月、中国によるチベット併合70周年記念式典に出席し、中国によるチベット支配を称賛した。チベットではしばしば抗議活動が発生し、欧米各国政府は中国政府による弾圧を批判している。

また、チェコを拠点とするロシア系WebメディアVoice of Europe(VOE)との関係も指摘されている。VOEはウクライナ侵攻に関するプーチン政権のプロパガンダを発信し続け、今年3月にチェコ政府によって閉鎖された。

クラフ議員が所属する「ドイツのための選択肢(AfD)」は移民受け入れに反対し、反EUの論調が強い政党で、極右政党とみなされている。その一方で、NATOによるウクライナ支援には消極的な立場を崩さない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

西側国家のパレスチナ国家承認、「2国家解決」に道=

ワールド

独首相、ウクライナ戦闘の停戦協議開催地にジュネーブ

ビジネス

米メルクの脂質異常症経口薬、後期試験でコレステロー

ビジネス

中国サービスPMI、8月は53.0 15カ月ぶり高
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 5
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 10
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story