コラム

例えば、F-16戦闘機... スウェーデンのNATO加盟承認に転じたトルコが欧米に期待すること

2023年07月19日(水)16時30分

アメリカとトルコの両政府は、二つの問題の関係を否定している。

しかし、少なくとも結果的には、エルドアンは「コーラン焼却」問題を理由にスウェーデンのNATO加盟に「絶対反対」の姿勢を打ち出し、問題が膠着したタイミングで反対を引っ込め、それによってF-16売却をアメリカに認めさせたことになる。

これはいわば問題をできるだけエスカレートさせ、譲歩を取引材料にする手法といえる。

「EU加盟を望む」は本音か

同じことは、ヨーロッパに関してもいえる。

エルドアンはスウェーデンのNATO加盟を承認するのとほぼ同時に、トルコのEU(ヨーロッパ連合)加盟をヨーロッパに求めた。

トルコはEUの前身EC(ヨーロッパ共同体)の時代から加盟を求めてきた。エルドアンにいわせれば「我々は50年間待ってきた...我々がスウェーデンやフィンランドにそうしたように、今度は彼らがトルコの道を拓く時だ」。

これに対して、ヨーロッパから目立った反応はない。トルコは政府に批判的なジャーナリストや政治活動家の拘禁などで各国から批判を受けてきたからだ。さらに近年では反イスラーム的世論も目立つ。

こうした背景のもと、2017年の世論調査では、EU市民の約3/4がトルコの加盟に反対した。

EU加盟26カ国の賛成を取り付けるのが難しい以上、トルコのEU加盟が近い将来、実現に向かう現実的な見込みはほとんどないとドイツ公共放送は指摘する。

もっとも、そうした反応はエルドアン自身が最もよく分かっていたと思われる。第一、トルコでも以前ほどEU加盟に期待する声は強くなく、2022年の調査ではトルコ人の58.6%がEU加盟に反対していた。

とすると、実現の見込みの乏しいEU加盟を、ヨーロッパが正面から反対しにくいタイミングであえて持ち出したこと自体、エルドアンの作戦とみることができる。つまり、難しいテーマを持ち出し、その後の譲歩を取引材料にするという意味だ。

破綻の淵にあるトルコ経済

その場合、エルドアンがEUに望むのは恐らく経済協力だろう。トルコ経済は破綻の淵に瀕しているからだ。

世界中で物価上昇が進んでいるが、IMF(国際通貨基金)の統計によると、トルコのインフレ率は今年に入ってからの平均で45%にのぼる。戦火の広がるウクライナでさえ20%であることを考えれば、まさにケタ違いだ。

もともとトルコでは2018年から通貨リラが急落し、経済にブレーキがかかってきた。そのきっかけは、アメリカのトランプ大統領(当時)が各国からの輸入品に対する関税を引き上げ、そのなかにトルコも含まれていたことだった。

その結果、2019年にトルコ政府は国内の銀行に81億ドル分のローンを帳消しにさせるといった強引な手法さえとった。

しかし、その後のコロナショックとウクライナ戦争、さらにアメリカの金利引き上げや今年2月のトルコ大地震など、さまざまな条件が重なるなか、リラ安は止まらず、それにつれて輸入品を中心にインフレも進んだ。これに拍車をかけたのが、エルドアン政権の経済政策だった。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル、レバノン国内で標的拡大 ヒズボラも攻撃

ビジネス

中国自動車輸出、3月73.7%増 国内販売は6カ月

ビジネス

米事業の上場タイミング、あくまで価値に基づいて判断

ワールド

米イラン停戦合意、先行き非常に不透明=小林自民政調
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 2
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで代用した少女たちから10年、アジア初の普遍的支援へ
  • 3
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライナ軍司令官 ロシア軍「⁠春の​攻勢」は継続
  • 4
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 5
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 6
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの…
  • 7
    高学力の男女で見ても、日本の男女の年収格差は世界…
  • 8
    戸建てシフトで激変する住宅市場
  • 9
    キッチンスポンジ使用の思いがけない環境負荷...マイ…
  • 10
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 3
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで代用した少女たちから10年、アジア初の普遍的支援へ
  • 4
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始め…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐ…
  • 7
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 8
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 9
    米軍が兵器を太平洋から中東に大移動、対中抑止に空白
  • 10
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 6
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story