コラム

クルド人を見捨てたのはアメリカだけではない

2019年10月17日(木)15時20分

トルコの綱渡り

こうしてアメリカと折り合いをつけ、クルド攻撃に踏み切ったトルコだが、そこには次の関門が待ち構えている。

トルコの侵攻を受け、事実上のボディーガードだったアメリカ軍を失ったクルド人が、これまで対立してきたシリア政府やロシアに接近したことだ。シリア政府はクルド人の分離独立を認めてこなかったが、14日にはクルド人の要請を受け、その支援のために要衝マンビジに入った。シリア政府の後ろ盾であるロシアも、これを支持している。

アメリカに続いてロシアとも対立しているにもかかわらず、トルコのエルドアン大統領は強気の姿勢を崩していない。

この強気を空威張りとみることもできる。しかし、そこには米ロの中間で、どちらにもつける立場に立つことで、米ロへの影響力を確保するトルコの方針がある

トルコはアメリカの同盟国だが、人権問題などをめぐって2000年代から関係が冷却化。その間にロシアとの関係を深め、トルコは今年7月にロシア製最新鋭地対空ミサイルS-400を導入し、アメリカを激怒させた。ところが、今回のクルド人問題で、トルコはトランプ政権から制裁の脅しを受けながらも、結果的にはアメリカと利害を一致させている。

こうした綱渡りを演じることで、トルコはアメリカからだけでなくロシアからも身を守っている。

そのうえ、トルコはYPGとロシアの接近も織り込み済みのはずだ。実際、トランプ政権発足直前の2016年12月には、すでにロシアの働きかけで、シリア政府とYPGは接触している。

トルコの利益を周辺国は共有できないか

しかも、このように対立劇を演じながらも、トルコの目標がシリアやロシアの利益に反するとは限らない。

改めて確認すれば、トルコ政府の最優先事項は大きく2つある。

・YPGがトルコ国内のクルド人独立を触発する状況を封じること
・国内に300万人以上いるシリア難民の帰還を促すこと

つまり、シリアのクルド人が半ば独立している状態がなくなり、シリア政府が全土を掌握すれば、内戦が終結したことになり、トルコの負担となっている難民の帰還にも弾みがつく。これは要するに、シリアを内戦前の状態にリセットすることを意味する。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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