コラム

クルド人を見捨てたのはアメリカだけではない

2019年10月17日(木)15時20分

トルコが支援するシリア民兵(2019年10月14日) Stoyan Nenov-REUTERS

<アメリカが裏切ったと言われるが、シリアもロシアもイランもトルコも、クルド人は「消滅」した前提でシリア内戦後の未来図を描いている>


・トルコはシリアのクルド人の独立運動がトルコのクルド人を触発することを恐れ、シリアに軍事侵攻した

・これに対して、シリア政府やこれを支援するロシアもトルコを批判し、衝突の危機も指摘されている

・しかし、トルコによる攻撃でクルド人がシリア政府やロシアの保護下に入ったことは、これら各国にとっても利益となる

いよいよトルコ軍がシリア領内に入り、クルド人と衝突し始めたが、クルド人を殲滅させるほど徹底的な攻撃は想定できない。むしろ、トルコの攻撃を恐れてクルド人がシリア軍やロシアに接近したことで、トルコの最優先の目標はすでに達成されており、適当なところで矛を収める公算が高い。

予期されていたクルド攻撃

日本のメディアでは、10月10日からのトルコ軍による攻撃がまるで突然始まったかのように報じられやすいが、筆者がこれまで度々取り上げてきたように、クルド攻撃はかねて予期されていたことだ。

シリアの少数民族クルド人の組織「人民防衛部隊」(YPG)は2011年からのシリア内戦で勢力を伸ばし、「イスラーム国(IS)からの防衛」を大義名分にシリア北部を制圧した。もともとクルド人はシリアからの分離独立を目指しており、いわば内戦の混乱のなか、本来の目標に近い状態を作り出したのだ。

しかし、これはシリア政府だけでなくトルコ政府にとっても無視できない。クルド人はトルコ国内にもおり、やはり分離独立を目指している。シリアのクルド人が半ば独立することは、トルコのクルド人を触発しかねない。

この危機感のもと、トルコ軍はこれまでもしばしばシリアに侵入し、ISだけでなくYPGとも衝突。一方、NATO同盟国のアメリカはIS対策としてだけでなく、もともと関係の悪かったアサド大統領率いるシリア政府を封じ込めるためにYPGを支援し、(シリア政府の許可のないまま)アメリカ軍をシリアに駐留させてきたが、トルコ政府はこれをくり返し批判してきた。

シリアから引きあげたいアメリカ

そのトルコのクルド攻撃を後押ししたのは、トランプ大統領だった。

シリア撤退を大統領選の公約にしていたトランプ氏は、以前からたびたび撤退を示唆してきた。マティス国防長官やボルトン大統領補佐官など、これに抵抗する高官は相次いで政権を去った。

こうして反対派を排除したトランプ政権は、トルコ軍の進撃に合わせ、13日にシリアから1000人のアメリカ兵を撤退させる方針を発表。シリア内戦で利用してきたクルド人を見限ったという悪評を避けるため、「同盟国(トルコ)と戦争はできない」「トルコには制裁を加える」と息巻いているが、トランプ氏とトルコのエルドアン大統領に利害の一致があったことは確かだろう。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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