コラム

【カンボジア総選挙】独裁者を支える日本の支援、中国との競争でますますやめられず

2018年06月20日(水)20時30分

中国が開発途上国で勢力を広げる一因に、相手国の内政に、日本以上に口を出さないことがある。強権的な政府にとって、「やかましい」欧米諸国より、「静かな」中国の方が好ましいと映る。ロヒンギャ問題で国際的に非難されるミャンマー政府を擁護し続けてきたことに象徴されるように、内政不干渉の原則を最大限に強調する中国の方針は、結果的に相手国の強権的な政府との癒着を可能にする。

中国の勢力拡大に神経をとがらせる日本政府からみると、中国が7月の選挙に向けて何も発言しない以上、ここで欧米諸国とともに人権侵害や非民主的な対応を理由にカンボジア政府を批判することは得策ではない。言い換えると、カンボジアでの失地回復を目指す日本政府は、同じく内政不干渉を強調する中国の動向をにらみながら、フン・セン政権の「出来レース」ともいえる選挙運営を大目にみているといえる。

中途半端さがもたらす埋没

繰り返しになるが、何でも口を出せばよいというものではない。しかし、何も口を出さないのもやはり問題である。

日本政府はカンボジア政府による不公正な選挙運営を事実上黙認している。情報化が進んだ現代、その動向はカンボジア国内でも知られている。つまり、フン・セン政権に甘い対応をとることは、野党支持者からみれば、日本は自分たちを抑圧する者と結んでいると映る

現実政治的な観点からみて、仮にフン・セン政権が半永久的に続くなら、それでも問題ないかもしれない。しかし、実際にはそんなことはほぼあり得ない。いずれ政権が交代した時になって、「これまで日本はカンボジアの民主化に貢献してきた」と言っても、誰がそれを信用するだろうか。ミャンマーの軍事政権を支援し続けた結果、民主化運動のリーダーだったスー・チー氏が政権を握って以来、日本がミャンマーで微妙な立場に立たされていることは、その象徴である。

日本の政府・自民党は、「日本が長期政権だから外国もそうであるはず、あるいはそれが望ましい」と考えているかもしれない。しかし、日本の特殊事情で海外をみることには弊害も大きい。

少なくとも、選挙支援を続けてフン・セン政権を支援したところで、カンボジアにおける中国の優位は簡単には揺るがない。だとすれば、今からでもカンボジア政府に対して、より強いメッセージを送るべきだ。さもなければ、日本政府は「人権や民主主義を重視する西側先進国としての立場」をさらに損なうだけでなく、中国とのレースでも埋没することになるだろう。


筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日本との関税協議「率直かつ建設的」、米財務省が声明

ワールド

アングル:留学生に広がる不安、ビザ取り消しに直面す

ワールド

トランプ政権、予算教書を公表 国防以外で1630億

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、堅調な雇用統計受け下げ幅縮
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単に作れる...カギを握る「2時間」の使い方
  • 4
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 5
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 6
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 7
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 10
    なぜ運動で寿命が延びるのか?...ホルミシスと「タン…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 10
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story