コラム

【イラク日報問題】「イラクにも蛙がいる」自衛官のつぶやきが日本人に訴えるもの

2018年04月20日(金)13時20分

陸上自衛隊、イラク第1期派遣部隊の編成完結式(2004年1月16日) Katsumi Kasahara DL-REUTERS

自衛隊のイラク派遣の日報が公開され、その記述の端々にある自衛官の日常が「ほのぼのしている」とネットで話題です。4月17日には、もともと個別のPDFだった日報の全文を簡単に検索できるサービスも登場しました。

その一方で、軍事関係の情報はそもそも多くの国で機密扱いが原則で、統合幕僚監部所属の三佐による「国民の敵」発言にあるように、その公開に批判的な意見もあります。

確かに、安全保障にかかわる問題全てを公開するべきでないでしょう。とはいえ、その経緯はともかく、少なくとも今回イラク日報が公開されたことは、国民の信頼を醸成する転機になったという意味で、防衛省・自衛隊にとって大きな意義があったといえます。

日報で描かれたイラク

公開された370日分のイラク復興支援群の日報には、現地の状況や活動内容など、いわば「硬い」内容だけでなく、自衛官の日常を描いた「軟らかい」ものも含まれます。

そこでは、他国部隊との会議で英語の冗談が分からなくても分かった風で笑っておいた、といった海外で多くの日本人が感じるものから、寿司や素麺など日本食への渇望、家族との連絡の喜びなど、さまざまなことがつづられています。

もちろん、その一方では、当時のイラクの現実も記されています。

一つだけ紹介すると、2006年4月5日付け「バスラ日誌」では「師団司令部の敷地の周りには窪地があり、そこに水がたまって池のようになっている......夜になると蛙の大合唱が聞こえてくる......イラクに来て蛙の鳴き声が聞けるとは思わなかった......イラクのトンボはなぜかでかい......イラクの月は、不思議である......」と周囲の状況を描写した後で、「これからどんな未知との遭遇が待っているのだろうか。などと考えている時、警報が鳴り現実に引き戻された。ロケット弾1発、攻撃9回、20発目......ドンという音がして、キーンという飛翔音らしきものが聞こえた......」。

まさに「ほのぼのする」前半と対照的な後半の緊迫する状況の描写が、派遣隊の苦労をしのばせます。それは同時に、「自衛隊の駐屯地は非戦闘地域」という従来の政府答弁への疑念を大きくするものでもあります。

日報開示への批判

それもあってか、日報の公開には主に与党政治家や防衛省・自衛隊関係者の間に批判もあります。その論点は、大きく以下の3点にまとめられます。


・海外では軍事関係の文書は一定期間、完全に不開示で、数十年後の開示が主流である、

・他の行政文書と同じ扱いで日報が公開されれば、自衛隊の活動をテロリストなど敵対勢力にまで知られることになる、

・情報公開請求への対応が、防衛省の負担を多くしている。

これらは逐一もっともで、それなりの説得力があります。

確かに、自衛隊の活動に機密があること自体は認められるべきでしょう。実際、公開された日報でも、警戒態勢や装備、さらに他国部隊との関係など、軍事的、外交的に機密性の高いものは黒塗りにされていますが、それは致し方ないといわざるを得ません。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン大統領、トランプ氏にクリスマスメッセージ=

ワールド

ローマ教皇レオ14世、初のクリスマス説教 ガザの惨

ワールド

中国、米が中印関係改善を妨害と非難

ワールド

中国、TikTok売却でバランスの取れた解決策望む
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 10
    【銘柄】「Switch 2」好調の任天堂にまさかの暗雲...…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 8
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 9
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story