コラム

中印国境対立の再燃──インドICBM発射実験で高まる「アジアのもう一つの核戦争の脅威」

2018年01月23日(火)14時00分

ラワット司令は12日に「国境警備の焦点を(カシミール地方の領有をめぐって長年争っている)パキスタンから中国に移す必要がある」と発言。これを受けて中国外務省は「非建設的」と批判。

しかし、1月17日にはインドメディアが、衛星写真の分析などから、昨年の首脳会談以降も中国がドクラム高原で、7つのヘリパッドを含む建造物の建設を続けていたと報告。これを受けてインドの反中世論が沸き起こり、議会でもモディ政権への批判が噴出しました。冒頭で紹介した、大陸間弾道ミサイル、アグニ5の発射実験が行われたのは、その翌日のことでした。

焦点としての「ニワトリの首」

中国がドクラム高原やアルナーチャル・プラデーシュ州に執着する一つの理由には、「一帯一路」構想があります。

mutsuji180123-2.jpg

習近平国家主席が主導する「一帯一路」構想に基づき、中国はインド洋への出口を確保するため、インドの宿敵パキスタンに猛烈なアプローチを展開しており、中国西部の新疆ウイグル自治区にあるカシュガルとパキスタンのグワダル港を結ぶ中国・パキスタン経済回廊(CPEC)の開発計画には560億ドルが投じられているといわれます。

その一方で、中国はCPEC以外にもインド洋への出口を構築しており、ミャンマーでの道路建設なども進めていますが、バングラデシュもやはりその候補。ところで、バングラデシュの北部にあたるインド領は細長く東西に延び、その形状から「ニワトリの首」とも呼ばれます。「一帯一路」の観点からすると、「ニワトリの首」は中国からバングラデシュに抜ける途上にあります。そのため、中国政府が「一帯一路」構想を推進するにつれ、この地をめぐってインドとの摩擦は大きくなるとみられます。

領土と経済

インドのICBM発射実験を受けて、中国からは強い反発が生まれています。1月19日、中国外務省スポークスマンはドクラム高原が中国の領土であること、中国政府には国民の生活改善を行う義務があること、インフラ建設が正当であることなど、これまで通りの主張を展開したうえで、「他国が我が国のインフラ建設にコメントしないことを望む」と強調。その前日の18日、グローバル・タイムズ紙もインドのICBM発射実験を「中国にとっての直接的な脅威」と断じています。

また、インドと同様、中国でも軍事衝突を念頭においた発言は相次いでおり、例えば人民解放軍軍事科学研究院のZhou Bo名誉研究員は、中国軍によってアルナーチャル・プラデーシュ州が占領された1962年の中印国境紛争を引き合いに出し、「インドが『今のインドが当時のインドと違う』というのであれば、中国も当時の中国と違うことを肝に銘じておくべき」と述べています。

とはいえ、中国とインドが正面から衝突する可能性は、必ずしも高くありません。IMFの統計によると、2016年段階で中国とインドの間の貿易額は約711億ドル(IMF, Direction of Trade Statistics)にのぼり、双方にとって相手は主要な貿易パートナーです。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米ウ代表団、今週会合 和平の枠組み取りまとめ=ゼレ

ビジネス

ECB、利下げ巡る議論は時期尚早=ラトビア中銀総裁

ワールド

香港大規模火災の死者83人に、鎮火は28日夜の見通

ワールド

プーチン氏、和平案「合意の基礎に」 ウ軍撤退なけれ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 9
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 10
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story