コラム

えっ? 中国共産党が北ミサイルより恐れる「郭文貴」を知らない?

2017年09月14日(木)17時41分

郭文貴(2017年4月、ニューヨークにて) Brendan McDermid-REUTERS

<事実確認に慎重になるあまり「郭文貴現象」を取り上げない日本メディアの態度は理解できない。中国から米国に逃れ、中国高官の汚職やセックススキャンダルを暴露し続けるこの大富豪は、今や中国内外で注目の的だ>

新宿案内人の李小牧です。

郭文貴(クオ・ウエンコイ)という人物をご存じだろうか。中国を逃れて米国で「亡命」状態にある大富豪にして、中国高官の汚職やセックススキャンダルに関する告発、暴露を続けている人物だ。今年4月には彼が出演した米政府系メディア「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」の生放送のネット番組が突然打ち切られ、中国政府の圧力ではないかと世界的な話題となった。

その一方で、彼のリークには少なからぬ虚偽が含まれていることも事実だ。日本メディアが報道を控えているのも、裏付けが取れないと尻込みしているからだ。

事実を確認するのはジャーナリズムの根幹だけに、日本メディアの態度は理解できなくもない。しかし、慎重になるあまり「郭文貴現象」までも取り上げないのはいかがなものか。9月7日には郭が米国で正式に亡命申請をしたことが明らかになったが、そのニュースさえも日本では一部のメディアしか伝えていない。

政治に関心がある華僑・華人の中で、郭は注目の的。YouTubeなどにチャンネルを開設しリークを続ける彼について、聞かない日はないといってもいいほどだ。中国で彼のネット番組を視聴することはできないが、もちろん国内在住の中国人の間でも注目度は高い。

私自身、1日に5~6時間も彼の番組に見入ってしまうことがあるぐらい夢中になっていて、「子供の面倒も見てよ!」と妻に怒られている。暴露を意味する「爆料」や郭の決め台詞である「一切都是剛剛開始」(全ては始まったばかりだ)は流行語になったと言ってもいい。

郭に夢中になっているのは、政治ゴシップ好きの中国人だけではない。いちばん神経を尖らせているのは中国共産党だろう。今年5月には「一切都剛剛開始」という決め台詞がプリントされたTシャツを販売したという理由で国家安全保障部に逮捕された人物までいた。

最近、話題となっているネット検閲の強化にせよ、郭のネット番組を視聴させないようにすることが目的ではないかともささやかれている。中国共産党にとっては、北朝鮮の弾道ミサイルより恐ろしい存在。それが郭文貴なのだ。

【参考記事】ニューヨークの「暴露富豪」は劉暁波の次の希望になるか

米国からネットを通じて孤独な戦いを始めた

郭文貴は1967年生まれ、山東省の出身だ。中学校卒業後、河南省鄭州市に移り住んだ。その後の経歴には不明な点が多いが、国有企業職員を経て1992年には家具工場の経営者、1993年には不動産会社オーナーの座についたことはわかっている。

1990年代、中国各地には無数の不動産王が生まれた。政府とのパイプを生かし土地を手に入れさえすれば、あとは濡れ手で粟の大儲けが待っている。郭はそうした政商の中の1人、ただしとびきり優秀な1人であった。2014年には中国で発表される「胡潤百富榜」(フーゲワーフ長者番付)で74位にランクインしている。個人資産額は155億元(約2550億円)と推定されている。

プロフィール

李小牧(り・こまき)

新宿案内人
1960年、中国湖南省長沙市生まれ。バレエダンサー、文芸紙記者、貿易会社員などを経て、88年に私費留学生として来日。東京モード学園に通うかたわら新宿・歌舞伎町に魅せられ、「歌舞伎町案内人」として活動を始める。2002年、その体験をつづった『歌舞伎町案内人』(角川書店)がベストセラーとなり、以後、日中両国で著作活動を行う。2007年、故郷の味・湖南料理を提供するレストラン《湖南菜館》を歌舞伎町にオープン。2014年6月に日本への帰化を申請し、翌2015年2月、日本国籍を取得。同年4月の新宿区議会議員選挙に初出馬し、落選した。『歌舞伎町案内人365日』(朝日新聞出版)、『歌舞伎町案内人の恋』(河出書房新社)、『微博の衝撃』(共著、CCCメディアハウス)など著書多数。政界挑戦の経緯は、『元・中国人、日本で政治家をめざす』(CCCメディアハウス)にまとめた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英製薬アストラゼネカ、米国への上場移転を検討=英紙

ワールド

米EV推進団体、税額控除維持を下院に要請 上院の法

ビジネス

マネタリーベース6月は前年比3.5%減、10カ月連

ワールド

トランプ氏、義理の娘を引退上院議員後任候補に起用の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story