コラム

「代わりの移動手段がないから」だけではない、運転免許を手放せない本当の理由

2021年12月15日(水)21時00分

運転免許を返納したことで交通事故を未然に防ぐことができる一方で、自宅にひきこもりがちになったり、老いが加速してしまった人の話も聞かれるようになった。

免許返納によって発生する健康リスクについては、筑波大学医学医療系の市川政雄教授が研究を行っている。

研究によると、運転をやめた人の要介護リスクは運転を続けている人に比べて約2倍に上がるという。しかし、運転をやめても公共交通や自転車を利用している人はそのリスクが1.7倍に抑えられる。運転をやめて活動的な生活ができなくなることは、健康に悪影響を及ぼすことが分かる。

「クルマ生活習慣病」が深刻化

運転免許証を返納することで病気になってしまうような状態は「クルマ生活習慣病」と表現できる。

クルマ生活習慣病は、たばこや酒の依存症に似ている。クルマ依存が過ぎると、クルマのない生活を想像することができなくなる。クルマがなくなり、人との関わりが減ることで活動量が低下し、ひきこもることが増える。他の病気を併発したり、高齢者であれば要介護状態に至るリスクも高くなるようだ。

厚生労働省は生活習慣病の予防策として「定期的に振り返る」「病気について知る」を挙げている。クルマ生活習慣病に対しても同様のことが言える。クルマに依存した生活にならないよう、定期的な運転スキル診断や健康診断の結果をもとに自身を振り返ったり、クルマに依存することで発症・進行する病気についても知る必要がある。

モビリティ革命は地方の高齢者を救うのか

一人ひとりの意識に加えて、社会全体で取り組むことも重要だ。

買い物や病院までの高齢者の足の確保は自治体の至上命題となっていて、各地で対策が進んでいる。バス路線が廃線になった地域では、自宅まで迎えに来るタイプの公共交通をタクシー会社などと連携しながら走らせている事例もある。

最近ではデジタルを活用して、さまざまな新しいモビリティサービスを創出しようとする動きがある。まず、ぜひ住んでいる地域の取り組みを調べてもらいたい。

とはいえ、自宅からバス停まで距離があり、本数が少なくて使えないというケースがまだまだ圧倒的に多いのが実情。すべての人がモビリティ革命の恩恵を受けられるまでには、まだ時間がかかる。

都市部だけでなく、中山間地域でも「家族」についての考え方や形は変わり、「誰もが結婚するもの」というスタンダードは無くなりつつある。クルマを持たない家族の送迎は、同居人や近くに住む家族が支えてきた。いわゆる「家族タクシー」だ。こうした互助が徐々に機能しなくなってきており、それは今後ますます顕著になるだろう。

これからは公共交通を走らせるアプローチに加えて、ドライバーになるところから卒業後に健康的・文化的な暮らしができるかというところまで着目した社会の仕組みを創り上げていく必要があると感じる。

ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



プロフィール

楠田悦子

モビリティジャーナリスト。自動車新聞社モビリティビジネス専門誌『LIGARE』初代編集長を経て、2013年に独立。国土交通省の「自転車の活用推進に向けた有識者会議」、「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」、SIP第2期自動運転(システムとサービスの拡張)ピアレビュー委員会などの委員を歴任。心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化とその環境について考える活動を行っている。共著『最新 図解で早わかり MaaSがまるごとわかる本』(ソーテック社)、編著『「移動貧困社会」からの脱却 −免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット』(時事通信社)、単著に『60分でわかる! MaaS モビリティ革命』(技術評論社)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    長時間フライトでこれは地獄...前に座る女性の「あり…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story