コラム

「不平等な特権待遇」国会議員の文通費に知られざる歴史あり(3)~GHQ「特権」を否定したのに特権化

2022年03月14日(月)06時00分

「立法不作為の怠惰」という国民世論のそしり

確かに全国民の代表である国会議員の政治活動を支える財政的支援、ファウンディングは民主政の存続と発展にとって重要だ。しかしそのために政党助成制度や政治資金規正法が規定する寄付制度がある(政治資金規正法はザル法だが)。

したがって、国民に広がる政治不信に対応するためにも、文通費に関する実務上の弊害が技術的に克服できる以上、本来的な「実費の弁償」という趣旨に速やかに立ち返るべきだろう。これ以上問題を先送りすると、立法不作為の怠惰という国民世論からの誹りは免れない。

国会議員が職務遂行上必要となる経費の使用をあくまでも議員の「自由裁量」に委ねるべきだという考えもある。議員個人の「良心」に期待することで「議院の威信」を高めるという考えを無碍に否定するべきだとは思わない。

しかしそれは同時に、自由裁量に委ねるが故に、公金支出の適切性を外部的な会計監査に服せしめる余地がなくなるということでもある。透明性の確保がデモクラシーを支える本質的な要素とされる今日の政治にはそぐわない。

文通費の適切な運用に対する国民の信頼が揺らいでいる今だからこそ、制度を抜本的に改正し、経費性の明確化と公開化を図ることが「議院の威信」を高めることにつながるのではないか。戦後日本黎明期の議会の先達は、GHQが勧告・指示した「特権付与」を否定し「実費弁償」の方策を選択した。その趣旨に立ち返って、「一律の事前支給」という妥協策を改めるべきだろう。

具体的には、経費処理の公開化を前提に、「渡し切り」制度を廃止し、国会議員の職務遂行に必要な費用のうち、国民に「情報を伝達」し、国民が得られた「情報を基に判断」することに資するような行為に限って、その費用を国庫で負担するべきではなかろうか。

文書費、通信費、交通費、滞在費というような損益計算書における「費用」上の勘定科目を参考にする整理も大切だが、最も重要なことは、公金支出に対する監査と経費性チェックの基準を定立した上で、その制度をどうやって適切に運用していくかである。

衆参両院における独立した監査部門の設置や、会計関連資格の保持者を議員事務所が雇用する枠組み(会計担当秘書制度)の新設といった制度設計も議論しなければならない。経費の国庫負担額の上限を、例えば現行文通費制度予算の半額(約40億円)とし、残る半分を新設する会計監査強化制度の財源に充てるのも一策だ。

ニューズウィーク日本版 コメ高騰の真犯人
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年6月24日号(6月17日発売)は「コメ高騰の真犯人」特集。なぜコメの価格は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ソフトバンクG、Tモバイル株売却で49億ドル調達目

ビジネス

日経平均は小幅続伸で寄り付く、米株高や円安が支え 

ワールド

米上院共和党が税制・歳出法案の修正案、控除枠縮小に

ビジネス

グッチ所有企業、次期CEOにルノーのトップが9月就
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染みだが、彼らは代わりにどの絵文字を使っている?
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 7
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 8
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    「そっと触れただけなのに...」客席乗務員から「辱め…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story