最新記事
メキシコ

「麻薬王」を殺しても街は燃える...「エル・メンチョ」死亡が招いた暴力の連鎖

Violent aftermath of Mexico’s ‘El Mencho’ killing follows pattern of other high‑profile cartel hits

2026年3月4日(水)18時45分
アンヘリカ・デュラン・マルティネス (米マサチューセッツ大学ローウェル校准教授)
車が焼き打ちされた現場を警備する兵士

車が焼き打ちされた現場を兵士が警備 AP/AFLO

<現実はドラマのようにはいかない。「麻薬王」が倒れた後に待ち受けるのはカタルシスではなく、新たな暴力だ──>

麻薬の密売を仕切るカルテルのボスが死ぬと、国内各地で暴動が起き、都市の機能が麻痺する。これが今のメキシコだ。配下の者たちが道路にバリケードを築き、住宅や商店を襲って略奪を働き、治安部隊にも襲いかかる。

2月22日、大規模な麻薬密売組織「ハリスコ新世代カルテル」を率いる「エル・メンチョ」ことネメシオ・オセゲラが治安部隊によって拘束された。

激しい銃撃戦で重傷を負った後、身柄の搬送中に死亡が確認されたという。だがこの作戦と、その後の混乱で少なくとも73人が命を落としている。

過去20年にわたり中南米地域における犯罪組織と麻薬取引の実態、とりわけメキシコの麻薬カルテルの研究をしてきた筆者に言わせれば、今回のような逮捕劇に続いて暴動が起きるのは毎度のことだ。

メキシコ政府は派手な作戦で組織の「大物」を逮捕したがるが、結果は往々にして暴力の連鎖を招くだけで、この国の社会を悩ます治安状況の改善にはつながっていない。

<売人から這い上がった麻薬王>

newsweekjp20260304075718.jpg

米政府はエル・メンチョに最大1500万ドルの懸賞金をかけていた U.S. STATE DEPARTMENT―HANDOUT―REUTERS

メキシコで麻薬取引に関わる人物の常として、オセゲラも下っ端の売人からはい上がってきた「たたき上げ」の男だ。アメリカで逮捕され、服役していたが、獄中で犯罪組織に誘われたらしい。

1997年に本国へ送還された後は「ミレニオ」カルテルの一員となっている。当初は最強カルテルの「シナロア」と組んでいたが、後にはライバルになった組織だ。

知られている限りの情報によれば、シナロアの指導者でミレニオとの主要な接点でもあったイグナシオ・「ナチョ」・コロネル・ビジャレアルが殺害された後、2010年頃、オセゲラはハリスコ新世代カルテルを結成したと思われる。

ハリスコ新世代カルテルは15年以降、国内で公然と治安部隊を攻撃する大胆さで名をはせた。政府軍のヘリコプターを撃墜した実績もあり、国内だけでなく国外でも存在感を示してきた。

メキシコ国内では全ての州にハリスコ新世代カルテルの支部が存在するといわれる。自らが前面に出て強力な組織を築いている州支部もあれば、ほかのカルテルと手を結んでいる州支部もあるようだ。

麻薬取引だけでなく、石油の盗掘や人身売買、恐喝にも手を染め、結果として国内有数の犯罪組織となっている。

麻薬王の死は何を意味するか?

オセゲラの死が組織に及ぼす影響を考える場合、いくつかのシナリオが描ける。逮捕や殺害に備えて、どんな後継計画を用意していたかで筋書きは違ってくる。

一般論として、治安部隊が組織のボスを逮捕ないし殺害するタイプの作戦は暴力の連鎖を招く。それにはさまざまな理由がある。

今回もそうだが、まずはカルテルからの報復攻撃があり、交通の遮断や略奪があり、治安当局は一般市民の外出を制限する。19年と23年にシナロアの麻薬王オビディオ・グスマンが逮捕されたときもそうだった。

麻薬業界の大物が目立った形で逮捕されたり殺害されたりすると、短期的にも長期的にも暴力が発生する。

短期的には治安部隊への報復があり、指導者亡き後も地域での実権を維持する試みもある。そのための手段が派手な暴力行為で、道路にバリケードを築いたり、治安部隊や一般市民を襲ったりする。

一方、後継争いに絡む暴力は長期化しがちだ。後継者が簡単に決まらず、混乱に乗じてライバル組織が縄張りを奪いに来ることもある。

暴力の程度とその持続期間は、後継者が決まっているかどうかやライバル組織との関係など、いくつかの要因に左右される。だが一般論として言えば、ある組織のボスが当局によって暴力的に排除されると、その後には暴力の激化と組織の分裂が続く。

もちろん、オセゲラのような暴力的な無法者を逮捕することは正しい。だが、それが犯罪ネットワークの解体や、組織の弱体化につながる保証はどこにもない。

皮肉なもので、オセゲラ殺害に先立つ時期には、メキシコ国内の治安状況はある意味で改善されていた。例えば、昨年には殺人事件の発生率が低下していた。

ただし、まだ安心して暮らせるわけではなかった。誘拐などで行方不明になる人の数は、依然として不気味なほどに多い。犯罪組織は地域社会に根を張っており、役人と政治家と犯罪者の共存するエコシステムは健在だと、国民の多くは体で感じている。

「犯罪統治」が機能する国

この国では、学者用語でいう「犯罪統治」が機能している。犯罪組織が地域社会の暮らしに関与し、時には強制力も行使するが、ある程度までは住民の暗黙の了解の下で秩序を維持している。

シナロア州などでは、麻薬カルテルの幹部が排除された後も非合法経済が健在で、その利益率は高い。しかも暴力のレベルは一向に下がらず、地域住民は大変な苦労を強いられている。

そういう地域では毎日が恐怖の連続だ。全体として見ても犯罪ネットワークは今も非常に強力で、国の政財界に深く根を下ろし、複雑な形で地域社会と結び付いている。

過去2代のメキシコ政権は、治安部隊の「軍隊化」に歯止めをかけると公約してきた。しかし現実には、ますます軍隊化が進んでいる。

米トランプ政権からの強い圧力もあって、現大統領のクラウディア・シェインバウムは目に見える成果を望んでいた。それが最も凶悪なカルテルを率いるオセゲラの逮捕だった。

アメリカ政府もメキシコ政府も、昔から「敵の大将の首を取る」ことにこだわってきた。問題の根本的な解決にはならなくても、目立つことは間違いないからだ。

構造的な腐敗に対処するのは困難だが、「麻薬王を捕まえたぞ」と豪語するのは簡単だ。実際、麻薬組織のボスを逮捕または殺害した後に社会正義が実現した例はほとんどない。

たいていの場合、誘拐や殺人の捜査は進まず、汚職が減るわけでも、麻薬の流通が減るわけでもなかった。

カルテルの幹部を検挙・殺害すれば、政府が麻薬対策に取り組んでいるという言い訳にはなる。しかし長い目で見れば効果は微々たるものだ。

もちろん、麻薬王の首を取るのは悪くない。しかし犯罪ネットワークの解体と正義の実現が伴わなければ庶民は救われない。そうでないと、麻薬と無縁な人たちが殺され、誘拐され、搾取される状況は変わらない。

そして違法な麻薬の流通も、たぶん、たいして減らない。

The Conversation

Angélica Durán-Martínez, Associate Professor of Political Science, UMass Lowell

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


【関連記事】
メキシコ麻薬王殺害でトランプの地上攻撃はなくなったのか
マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投稿したアメリカを嘲笑する動画にネット爆笑



ニューズウィーク日本版 トランプのイラン攻撃
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年3月10号(3月3日発売)は「トランプのイラン攻撃」特集。核・ミサイル開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。アメリカとイランの全面戦争は始まるのか?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


まちづくり
川崎が「次世代都市モデルの世界的ベンチマーク」に──「世界に類を見ない」アリーナシティプロジェクトの魅力
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

スイス中銀、為替介入意欲が高まる=副総裁

ビジネス

英2月サービスPMI改定値は53.9、回復続くも雇

ワールド

ハメネイ師の息子モジタバ師が生存、後継候補=関係筋

ワールド

スリランカ沖でイラン船に潜水艦攻撃、数十人救助 1
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 2
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 3
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られる」衝撃映像にネット騒然
  • 4
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 5
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 6
    核合意寸前、米国がイラン攻撃に踏み切った理由
  • 7
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 8
    人気の女性インフルエンサー、「直視できない」すご…
  • 9
    イランへの直接攻撃は世界を変えた...秩序が崩壊する…
  • 10
    「外国人が増え、犯罪は減った」という現実もあるの…
  • 1
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 2
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 3
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの謎判定に「怒りの鉄拳」、木俣椋真の1980には「ぼやき」も
  • 4
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 5
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 6
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 7
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 8
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 9
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 10
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中