コラム

「不平等な特権待遇」国会議員の文通費に知られざる歴史あり(3)~GHQ「特権」を否定したのに特権化

2022年03月14日(月)06時00分

「無料特権」実施には「大へんに手間がかかる」

その後の国会審議や憲法調査会の質疑を見ると、「無料特権」を実施するには「大へんに手間がかかる」ことが日本側で疑問視されたことが示唆されている。

例えば、国鉄無料乗車特権(現在のJR全線無料パス)は、個々の国会議員のみに与えられる一身専属的な特権であり、同行者には適用されない。本当に国会議員本人が乗車するのかの確認は、改札口入構時の目視確認によって比較的容易になしうる。

それに対して郵便物は、「公の性質を有する」かどうかの確認が容易ではない。封書の場合は中身の確認に開封が必要であり、葉書の場合であっても、その内容の公共性を判断しなければならず、政治活動に対する内容審査につながりかねない。無料特権が濫用されて、議員個人の私的郵便物の送付に流用される可能性もある。

そうした弊害を防ぐために、制度を利用する国会議員の「良心」に期待する――という方策は採用されず、日本側はGHQが指示した「特権付与」を換骨奪胎する形で修正した。

それは、無料郵便という特権を付与するのではなく、実費を弁償する形にして(第1の修正)、更に、実費弁償における都度精算の手間を省くために、「定額」(月125円)を一律に事前支給する(第2の修正)というものだ。つまり、いわば二重の換骨奪胎が為されたことになる。

GHQ側はその後、国会法草案における「常任委員会」の設置や議員の「質問権」といった他のテーマに関心を集中させており、通信費に関する日本側の「修正」は特に問題視されることなく、原案通りに可決、成立した。それ以降、通信費は範囲の拡大と支給額の増大を繰り返して、今の「文通費」(文書通信交通滞在費)に至るのである。

このような「通信費」の制定過程を踏まえならば、現在の文通費制度をどのように改善していけばよいだろうか。

まず、文通費制度は前述したように、GHQによる特権付与の勧告・指示を否定するところから始まり、都度精算の手間が大変だという弊害を回避するために、一定額の現金を月払いで一律に事前支給するという「渡し切り」の支給態様が取られたものだ。

しかし経費について、都度の確認や精算が「大へんな手間」だというのは昭和22年当時の発想だ。現在では、例えばクレジットカード等を使って費用の支出を明確化し、「経費性の認められる支出」に対してのみ事後的な精算を行うことは、民間では当たり前に行われている。そうでないと税務調査の対象にもなりかねない。

ところが、国会議員の経費については、ただただ範囲の拡大と支給額の増大が繰り返され、「渡し切り」という支給方法が「弊害」を回避するための次善の策という趣旨を理解しない国会議員が増加した。余った文通費の国庫返納制度が整備されていないことと相まって、経費精算とはかけ離れた「お小遣い化」が横行しているのだ。2013年に元総務副大臣が文書通信交通滞在費の一部を「海外投資」の原資に充てたと報じられた例はその最たるものだ。こうした野放図が、議員に対する「不平等な特権待遇」ではないかという国民的批判と政治不信を招いている。

プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、各国に10億ドル拠出要求 新国際機関構

ワールド

米政権、ベネズエラ内相と接触 マドゥロ氏拘束前から

ワールド

ウクライナ和平交渉団が米国入り、トランプ政権高官と

ワールド

イラン指導者ハメネイ師、トランプ氏がデモ扇動と非難
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
2026年1月20日号(1/14発売)

深夜の精密攻撃でマドゥロ大統領拘束に成功したトランプ米大統領の本当の狙いは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向」語る中、途方に暮れる個人旅行者たち
  • 2
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰に地政学リスク、その圧倒的な強みとは?
  • 3
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の船が明かす、古代の人々の「超技術」
  • 4
    世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手が…
  • 5
    鉛筆やフォークを持てない、1人でトイレにも行けない…
  • 6
    中国のインフラ建設にインドが反発、ヒマラヤ奥地で…
  • 7
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世…
  • 8
    DNAが「全て」ではなかった...親の「後天的な特徴」…
  • 9
    【総選挙予測:自民は圧勝せず】立憲・公明連合は投…
  • 10
    シャーロット英王女、「カリスマ的な貫禄」を見せつ…
  • 1
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率が低い」のはどこ?
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 4
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 5
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試…
  • 6
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 7
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救っ…
  • 8
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 9
    「高額すぎる...」ポケモンとレゴのコラボ商品に広が…
  • 10
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画を…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story