コラム

アジアで「ウクライナ戦争」のような危機が起きるのを防いだ、安倍元首相の功績

2022年07月09日(土)20時18分
G20サミットの安倍首相

2019年のG20サミットにて Tomohiro Ohsumi/Pool via REUTERS

<安倍元首相はインドで「インド太平洋とQUADの父」と称賛されるように、優れた対人関係を構築する能力でアジア太平洋における安全保障上の危機を防いだ>

[ロンドン発]奈良市で街頭演説していた自民党の安倍晋三元首相(67)が8日昼前、銃撃され死亡した。奈良県警は殺人未遂容疑で同市在住の元海上自衛隊員の無職(41)を現行犯逮捕、容疑を殺人に切り替え10日に送検する。今のところ政治的背景はないものの、テロという暗い時代を予感させる重大事件だ。

安倍氏は2006年、52歳という戦後最年少の若さで、初の戦後生まれの宰相となったものの、健康上の理由で翌年、辞任した。しかし12年の総選挙で政権に返り咲き、首相に再登板した。通算の在任期間は3188日、歴代1位の長期政権を担った。靖国参拝や、森友学園を巡る公文書改ざん、加計学園、「桜を見る会」問題など「政権私物化」の批判もあった。

しかしロシア軍のウクライナ侵攻のような安全保障上の危機がアジア太平洋で起きなかったのは安倍氏の功績と言っても過言ではない。安倍氏は第1次政権下の07年、インド国会で「二つの海の交わり」と題して演説し、インド太平洋という戦略概念を早くも提唱している。これが日米豪印4カ国による「安全保障ダイヤモンド」に発展していく。

安倍氏はこう演説している。「私たちは今、歴史的、地理的にどんな場所に立っているのでしょうか。それは『二つの海の交わり』が生まれつつある時と、ところに他なりません。太平洋とインド洋は今や自由の海、繁栄の海として、一つのダイナミックな結合をもたらしています。従来の地理的境界を突き破る『拡大アジア』が明瞭な形を現しつつあります」

「インド太平洋とQUADの父」

もともと04年のスマトラ沖大地震をきっかけに発足した日米豪印4カ国は基本的価値を共有し、法の支配に基づく「自由で開かれたインド太平洋」を目指すようになった。今では「QUAD(4カ国)」と呼ばれ、今年2月には第4回外相会合、3月に首脳テレビ会議、5月に首脳会合が開催されている。安倍氏の安全保障概念がアメリカを動かしたのだ。

インドの英字紙フィナンシャル・エクスプレスは「インド太平洋とQUADの父」と安倍氏の功績を称えている。「安倍首相の下、日本とインドは初めて防衛・外交の2+2閣僚対話を行い、海洋安全保障、QUAD、インフラ分野での連携が強化された。インド太平洋においてインドは中国の覇権とバランスをとるための重要なプレーヤーとして認識された」と指摘した。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アマゾンなど3社の株主、米移民政策の影響開示を要請

ビジネス

仏経済、26年上半期は0.3%成長へ 消費安定=I

ビジネス

アングル:フォードのEV撤退、政策転換と需要減の二

ワールド

高市首相の解散判断「容認」、議員定数削減前でも=吉
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story