コラム

アジアで「ウクライナ戦争」のような危機が起きるのを防いだ、安倍元首相の功績

2022年07月09日(土)20時18分

14年7月、安倍氏は一定の条件下で集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈変更を決定した。日本は世界最強の軍事大国・アメリカと同盟を結び、その「核の傘」に守られている。集団的自衛権が行使できないのに、どうして日米同盟が結べたり、イラクへの自衛隊派遣、インド洋での補給活動、ソマリア沖の海賊対処行動に参加したりできるのか。

日本の憲法・安全保障専門家でもない限り、説明するのは難しい。集団的自衛権の限定的行使容認は現行憲法下でノリシロがなくなってしまった解釈を根本的に見直し、日米同盟をさらに深化させる狙いがあった。「他国への武力攻撃でも、わが国の存立を脅かすことも現実に起こり得る」として厳しい要件を課した上で集団的自衛権の行使を限定的に認めた。

集団的自衛権の限定的行使容認の意義とは

防衛相として当時、国会答弁に当たった中谷元首相補佐官(国際人権問題担当)は昨年10月、筆者のインタビューに「集団的自衛権の行使を限定的にでも容認したことで、周辺国とさまざまな同盟や条約を交わすことが可能となるため、今まではなかった大きな外交カードを手に入れた」と評価している。

「防衛の支障となっている憲法解釈をしっかり定めることであらゆる事態に切れ目のない対応を行えるようにする。日本の防衛に資する活動をしている外国軍艦を守れるようにする、海上自衛隊によるインド洋での給油活動を可能にしたテロ対策特別措置法を恒久法にする、国際平和を脅かす事態が起きた時に自衛隊派遣に向け各国との調整を迅速にできるようにしておく必要がある」と中谷氏は強調した。

バラク・オバマ米大統領(当時)が土壇場でシリア軍事介入を断念したのを見て、ソチ五輪直後の14年2月、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はウクライナ・クリミア併合を強行、東部紛争に火をつけた。安倍氏は北方領土問題や平和条約の締結についてプーチン氏と27回も会談を重ねる一方で、足元では防衛・安全保障を着実に築き上げてきた。

プーチン氏は安倍氏の遺族にあてた弔電で「安倍氏は傑出した政治家で、両国の良き隣人関係の発展に多くの功績を残した。安倍氏の死はかけがえのない損失だ。この重く、取り返しのつかない損失に直面しているご家族の強さを祈ります」と伝えた。プーチン氏にとってはウクライナ侵攻で敵対する西側との数少ない対話チャンネルの一つを失った。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豪サントス、アブダビ国営石油主導連合が買収提案 1

ワールド

米、農場やホテルでの不法移民摘発一時停止 働き手不

ワールド

米連邦最高裁、中立でないとの回答58%=ロイター/

ワールド

イスラエル・イラン攻撃応酬で原油高騰、身構える投資
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story