コラム

ドイツはプライバシー保護を徹底 京アニ犠牲者の実名公表・報道の是非を考える

2019年09月18日(水)18時30分

「事件を絨毯の下に隠すのを許すな」

ドイツの州警察の発表資料を見ても被害者や容疑者の実名は一切、記されていません。

2016年7月にドイツ南部ミュンヘンの大型ショッピングセンターで銃の乱射事件が起き、9人が死亡しました。ミュンヘン市警察本部はこうツイートしました。「被害者の写真を投稿するのは止めなさい。もっと被害者に敬意を払いなさい」

これに反発する書き込みが相次ぎました。「どうか皆さん、写真の投稿を続けて。『官』がこの事件を絨毯の下に隠すのを許さないで」

「敬意だって?イスラム系移民の性犯罪の被害者にいったいどれだけの敬意が払われているというの」「もっと敬意を示しなさいだって?イスラム教徒を処刑しているのになかったように装うつもり??」

イスラム系移民には、警察がプライバシー保護を強調していることが「事件隠し」のように見えたのでしょう。

当時の警察の発表資料を見ると被害者についてはこう記されています。「今のところ確認された死亡者は10人。そのうち犯人とみられるミュンヘン在住のイラン系ドイツ人(18)は自殺した」

「被害者は6人が男性、3人が女性。6人が10代、1人が思春期、2人が成人。国籍はハンガリー、ドイツとトルコの二重国籍保有者、ドイツ、トルコ、コソボ、ギリシャ、無国籍者」

地元紙の報道によると、犠牲者9人のうち7人はイスラム教徒でした。被害者の1人、ディヤマント・ザバーグヤさん=当時(20)=の父親は息子の写真を掲げて地元紙の取材に応じ、「今でも信じられない」と語っています。

・コソボ系ドイツ人アルメラ・Sさん、サビナ・Sさん(14)

・ドイツ在住35年の2人の息子の母、トルコ女性セブダ・ダッグさん(45)

・ドイツとトルコの二重国籍保有者キャン・Lさん(14)、セルチュク・Kさん(15)

・ハンガリーのルーツを持つ少数民族ロマのロベルト・Rさん(15)

・ギリシャ人のチャウシン・Dさん(17)

・無国籍者のシント・ジュリア・ジョセフ・Kさん(19)

南ドイツ新聞は容疑者を「デービッド・S」と報道。事件の背景はかなり詳細に報じられました。姓がイニシャルなのはプライバシー侵害で訴えられた時の訴訟対策でしょう。ドイツの事件記者は警察と親密な関係を築いて、コツコツ身元を割り出したり、情報を聞き出したりするそうです。

2つの道、あなたはどちらを選ぶ

しかし1年365日朝の6時から午前2時まで刑事や検察官、国税の査察官を夜回りする生活を16年間も続けた筆者の経験から言うと、そうした慣行は記者と警察の癒着を生むだけで好ましくありません。そんなことに貴重な時間を割くことが国民の「知る権利」に資するとも思えません。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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