コラム

「ポスト・メルケル」にらむ英国のEU離脱チキンゲーム 「合意なき無秩序離脱」は回避できるのか 

2018年10月19日(金)12時40分

翌18日の英国側の内輪ブリーフィングはお通夜に逆戻りだった。メイ首相とEUの間で話し合われたのは移行期間に新たな通商協定で合意できない場合、期間を2021年末まで延長する案だ。

それでも「目に見える国境」を復活させない協定で合意できなければバックストップを協議する(英国案)のか、それとも予めバックストップを決めておく(EU案)のか、双方の隔たりは大きい。

イギリス国内も分断

移行期間を1年延長すると60億~140億ポンド(英紙デーリー・テレグラフ)をEU側に支払わなければならなくなるため、「有権者はメイ首相を許さないだろう」と強硬離脱派は息巻く。強硬離脱派40~50人と閣外協力を得る北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)10人の下院議員に造反されるとメイ首相は「即死」である。

kimura20181019100403.jpg
交渉が進展せず、疲れをにじませるメイ首相(18日、筆者撮影)

ここは黙って踏ん張るしか手がないのだが、EU側がはねつけると英国にボリス・ジョンソン前外相らの強硬離脱派政権が誕生、交渉は決裂し、「合意なき離脱」が確実になる。そうすれば「目に見える国境」が復活して北アイルランド情勢が一気に不安定化するリスクが膨らむ。

綱渡りのような欧州の政治カレンダーを見ておこう。


10月28日 独ヘッセン州議会選。メルケル首相のキリスト教民主同盟(CDU)と「大連立」を組む社会民主党(SPD)が大幅後退の可能性大。SPDが政権を離脱して、メルケル首相は少数政権に転落したり、総選挙になったりする恐れも

12月13~14日 EU首脳会議。本当の意味でのデッドライン

2019年3月29日 午後11時、英国がEUを離脱

2019年5月 欧州議会選。反EUの懐疑派勢力が拡大する恐れ

2020年末
 最初の移行期間終了

2021年10月 独総選挙(予定)

2021年末 移行期間の延長期間終了

2022年4月 仏大統領選(予定)

2022年5月
 英総選挙(予定)

政治的な袋小路に入ったEU離脱交渉を軌道に戻すためには、英国とEUの政治状況が変わる必要がある。メイ首相の記者会見を待つ列に並んでいる間にメルケル首相は会見場に入り、記者会見を終え出ていった。その際「まだ並んでいるの」と筆者ら報道陣に声を掛けたが、表情はこれまでに見たことがないほど憔悴し切っていた。

英紙フィナンシャル・タイムズによると、メルケル首相はディナーの席で「EUとアイルランドは英国との正面衝突を避けるため北アイルランド国境問題へのアプローチを再考すべきだ」と示唆したそうだ。一方、メイ首相は「意志あるところに道あり」というメルケル首相の発言を引いて移行期間に解決策を見出すと強調した。

2人の政治生命はともに風前の灯火だが、EU離脱交渉は「ポスト・メルケル」をにらんで先の読めない最終ラウンドに突入した。欧州は間違いなく激動の時代を迎えている。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ、イースター停戦延長と協議再開呼びかけ 

ワールド

再送イラン、レバノン停戦と凍結資産解除を要求 対米

ワールド

アングル:レバノン、イスラエルとの交渉で弱い立場 

ワールド

IMF・世界銀行、29年の年次総会をアブダビで開催
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 2
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 3
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国防軍は崩壊寸前」
  • 4
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 5
    目のやり場に困る...元アイスホッケー女性選手の「密…
  • 6
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 7
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 8
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 9
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 10
    アメリカは同盟国の「潜在的な敵」となった...イラン…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 3
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 4
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始め…
  • 7
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐ…
  • 8
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 9
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 10
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story