コラム

EU離脱派勝利が示す国民投票の怖さとキャメロンの罪

2016年06月24日(金)17時29分



「欧州という家族を再構築する第一歩は、フランスとドイツの友好でなければならない。名前が何であれ、欧州合衆国をつくるのなら今、取り組まなくてはならない」(1946年)

 欧州の平和と繁栄に英国は欠かせない存在である。しかし英国の民意は欧州と袂を分かつ歴史的な選択を行ったのだ。欧州統合のような複雑な問題を残留・離脱の二者択一で国民に選ばせたキャメロン首相の辞任は避けられないものだった。

 EUの機能は単一市場だけではない。労働者の自由移動(移民)問題だけでなく、外交、安全保障、テロ対策、警察・司法協力と無数のプラグが複雑に絡み合っている。歴史を積み重ねてきた英国とEUの間のプラグを一斉に抜くことになったら双方が混乱の淵に落ちていくだろう。

 EUへの輸出は全体の60%(2000年)から昨年47%まで減ったものの、輸入は依然として全体の54%。輸出にEUの対外関税がかかると相当大きな影響が出る。EUは改革しなければならない数多くの問題を抱えているが、離脱するより残留して中から改革するのが賢明な選択肢だった。

国民投票は理性より感情で動く

 日本でも参院選で憲法改正派が非改選議席を含め3分の2以上の議席を占めれば、憲法改正のための国民投票が一気に現実味を増す。産経新聞の政治部時代、憲法問題を担当した。当時、衆院憲法調査会長だった中山太郎氏が「憲法改正の国民投票で日本国民は国民主権を自覚する。しかし国民投票とは怖いものだ」と話していたのを思い出す。

 05年、フランスとオランダの国民投票で欧州憲法条約(その後リスボン条約として施行)の批准が否決された。現地を調査した中山氏は、理性より感情に左右される国民投票の怖さに加え、改正の持つ意味を国民に浸透させる難しさを痛感したという。

 筆者もこれまでにアイルランドのリスボン条約批准をめぐる国民投票やギリシャの支援策をめぐる国民投票などを取材した。14年9月のスコットランド独立住民投票をめぐっては独立、残留をめぐる住民の亀裂は今も生々しく残る。

 二者択一の直接民主制は憎悪を伴う対立を引き起こし、今回のEU国民投票では、残留を呼びかけていた労働党女性下院議員ジョー・コックスさん(41)が極右思想を持つ男に殺害される悲劇が起きた。夫ブレンダンさんは「天国のジョーは楽観的でいることだろう」とツイートした。

 スコットランドの地元紙スコッツマンの元編集長イアン・マーティン氏は筆者に「スコットランド独立の是非を問う住民投票は毒に満ちたものだった。家族や住民を分断し、その毒は今も残っている」と語る。

 英国の民意は二分されたままだ。決して和解することはない。英国のEU離脱は欧州だけでなく、国際社会に混乱をもたらすのは必至だ。

<ニューストピックス:歴史を変えるブレグジット国民投票

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

5年後の物価予想、「上がる」は84.8%で6年ぶり

ビジネス

インド、フィンテック会議で暗号資産とステーブルコイ

ビジネス

英アストラゼネカ、米バージニアに工場を着工 45億

ワールド

米、アルゼンチンペソ直接購入 200億ドルの通貨ス
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル賞の部門はどれ?
  • 3
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 4
    あなたは何型に当てはまる?「5つの睡眠タイプ」で記…
  • 5
    50代女性の睡眠時間を奪うのは高校生の子どもの弁当…
  • 6
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 7
    史上最大級の航空ミステリー、太平洋上で消息を絶っ…
  • 8
    底知れぬエジプトの「可能性」を日本が引き出す理由─…
  • 9
    いよいよ現実のものになった、AIが人間の雇用を奪う…
  • 10
    米、ガザ戦争などの財政負担が300億ドルを突破──突出…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 3
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿す…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    祖母の遺産は「2000体のアレ」だった...強迫的なコレ…
  • 10
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 9
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 10
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story