コラム

防衛費を「倍増」させると、むしろ日本の「戦争能力」は弱まる? 仕組みを解説

2022年08月17日(水)17時48分
自衛隊艦

JASON LEEーREUTERS

<防衛費の増額に関する議論が盛り上がっているが、財源を国債に頼っては、いざ有事となった際に戦費を調達することができなくなるリスクがある>

台湾周辺の緊張が高まっていることから、日本の防衛費増額問題がにわかに現実味を帯びてきた。

北大西洋条約機構(NATO)がGDP比2%の目標を掲げていることから、現在の1%弱から2倍増という声が出ているほか、アメリカ政府関係者からは3倍増を求める声まで上がっている。最大の焦点は財源だが、防衛費の財源は本来どうあるべきなのだろうか。

日本の防衛費は、慣例としてGDPの1%程度を目安に予算が組まれてきた。1976年に三木内閣が、防衛費をGDP(当時はGNP)の1%以内に収める閣議決定を行い、86年に中曽根内閣がこの制限を撤廃。「総額明示方式」と呼ばれる予算策定方式を導入したものの、事実上、単年度1%枠が維持されている状況だ。

2022年度予算における防衛費は5兆3687億円で、一般会計予算の5%を占めている。仮に防衛費を倍増することになれば10兆円を超え、社会保障費や地方交付税交付金に続く支出となる。

防衛費は国家の存亡に関わる予算であり、防衛費が持つ特殊性を考えた場合、税で財源を確保するのが理想的といってよいだろう。また、戦争遂行の現実を考えても、定常的な防衛費の財源は税のほうが望ましい。

諸外国でも、平時には通常の国防予算で処理し、戦争が発生した際には、臨時国債を発行して戦費を調達するのが一般的だが、戦争遂行能力の決め手となるのが国債の発行余力である。

日露戦争当時、日本経済には今のような体力がなく、戦費のほとんどはロンドンとニューヨークで外債によって調達された。高橋是清(後の首相)という稀有な能力を持つ人材が資金調達の責任者だったことから、何とか起債に成功したものの、うまくいかなければ戦争遂行は不可能だっただろう。

国債のほぼ全額を日銀が引き受けた太平洋戦争

太平洋戦争では、金融覇権を握る米英と対立したことから外債での調達ができず、国債のほぼ全額(戦費総額は一般会計予算の約280倍)を日銀が引き受けた。これが財政破綻とハイパーインフレをもたらした経緯についてはあらためて説明するまでもない。

今の時代でもロシアのように外債による調達ができない場合、内債しか調達方法はなく、国債発行余力=戦争遂行期間となる。戦争が発生した場合においてすら、国債の消化能力が戦力と直結するという現実を考えると、定常的な防衛費までも国債に頼るのはあまりにもリスクが大きい。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ガザ戦争は終結」、人質解放待つイスラエ

ワールド

トランプ氏、ウクライナ向けトマホーク承認も ロが戦

ビジネス

主要行の決算に注目、政府閉鎖でデータ不足の中=今週

ワールド

中国、レアアース規制報復巡り米を「偽善的」と非難 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリカを「一人負け」の道に導く...中国は大笑い
  • 4
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    祖母の遺産は「2000体のアレ」だった...強迫的なコレ…
  • 6
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 7
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 8
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 9
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿す…
  • 10
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story