コラム

イランを見据えるモサドが国交正常化を画策した【イスラエル・UAE和平を読む(前編)】

2020年09月22日(火)07時35分

さらに、2018年にネタニヤフ首相がやはりコーヘン長官を伴ってUAEを秘密裏に訪問し、同国の実質的な支配者であるムハンマド・ビン・ザイド皇太子と会談していたことを、今回のUAEとの合意後、イスラエルの有力紙イディオット・アハロノート紙が報じた。

国交がないUAEを訪れて首脳会談をするということは、それ以前に綿密な準備がUAE当局との間で秘密裏に行われていなければならない。

準備についてイスラエル側からモサドが出てくれば、UAE側の相手もまた同国の治安情報機関と考えるのは普通である。外交関係というよりも治安協力の側面が強いと考えざるを得ない。ハアレツ紙には「イスラエルでは1960年代から、湾岸諸国との関係構築はモサドが担ってきた」という記述も出てくる。

1960年代に始まるモサドと湾岸諸国の関係

イスラエルの報道では、モサドが最初に湾岸諸国と関係を持つのは、1960年代のオマーンとの間である。

アラビア半島南部、北イエメンで王政打倒のクーデターを起こした軍人が率いる共和国派を、エジプトのナセル大統領が支持して軍事介入したのに対して、王党派を支援した英国やオマーンに加勢する形で、モサドとイスラエル空軍が武器輸送などで参加。その後、英国を介して、モサドとオマーン王室との関係が生まれたという。

この頃のイスラエルの安全保障上の敵は、アラブ世界で王政を打倒して、エジプト、リビア、チュニジア、イラクなどに誕生したアラブ民族主義を掲げる世俗派勢力だった。モサドが湾岸諸国に関わるのは、ナセル大統領に代表されるアラブ民族主義勢力の拡大を阻止するという意味合いもあっただろう。

1970年代にオマーンの南部ドファール地方で、当時は共産主義体制だった南イエメンの支援を受けて起こったドファール反乱でも、英国や親米王国だったイランなどとともに、モサドとイスラエル軍の専門家が反乱鎮圧の手助けをしたという。

イランの脅威はイラク、シリア、レバノンとつながっている

その後、中東の政治状況は変わり、イスラエルにとっての脅威も変わった。4度の中東戦争を戦ったエジプトは1979年にイスラエルと平和条約を結んだ。しかし、同じ年にイランでは王政が打倒されてイスラム革命が起こり、親米から一転して反米・反イスラエルを唱える現在のイランとなった。

サダム・フセイン大統領が率いるイラクも、イスラエルにとって長年の脅威だった。1981年にイスラエル空軍がバグダッド南部の核施設を空爆。この作戦でもモサドを中心とする情報機関がイラクの核開発について情報収集をして準備した。

フセイン政権は2003年のイラク戦争によって打倒されたが、その代わりに、イラクではイランの強い影響下にあるシーア派主導政権となった。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中閣僚貿易協議で「枠組み」到達とベセント氏、首脳

ワールド

トランプ氏がアジア歴訪開始、タイ・カンボジア和平調

ワールド

中国で「台湾光復」記念式典、共産党幹部が統一訴え

ビジネス

注目企業の決算やFOMCなど材料目白押し=今週の米
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水の支配」の日本で起こっていること
  • 4
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 5
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 6
    1700年続く発酵の知恵...秋バテに効く「あの飲み物」…
  • 7
    「平均47秒」ヒトの集中力は過去20年で半減以下にな…
  • 8
    【テイラー・スウィフト】薄着なのに...黒タンクトッ…
  • 9
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 10
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story