コラム

イランを見据えるモサドが国交正常化を画策した【イスラエル・UAE和平を読む(前編)】

2020年09月22日(火)07時35分

さらに2011年の「アラブの春」がシリアに波及して始まったシリア内戦では、イランの革命防衛隊がレバノンのシーア派組織ヒズボラとともに、アサド政権を軍事的に支援して反体制勢力を抑え込み、シリアで強い影響力を持つようになった。

シリアに駐留するイランの革命防衛隊は、シリアの基地からイスラエルにドローンを飛ばすようになり、さらにレバノン国内のヒズボラ支配地域に長射程のミサイルを移動させているとの情報もある。

イスラエルはイランに匕首(あいくち)を突き付けられる形になっている。今回、ホルムズ海峡を挟んでイランと対峙するUAEとの国交正常化をモサドが担うことには、イランに対する情報収集や工作の拠点を得るという意味もある。

UAEはイスラエルとの合意発表前、イラン外相と会談をしていた

ただし、米国の仲介でイスラエルとUAEが国交正常化に合意したことで、今後イランとの関係がさらに緊張するという見方は、一面的にすぎよう。

UAEのムハンマド皇太子はサウジのムハンマド皇太子とともに、対イラン強硬姿勢をとってきた指導者だが、現在、UAEはイランに対しては緊張緩和路線に転換している。

2019年6月に、ホルムズ海峡で日本船籍のタンカーなど2隻が攻撃を受け、トランプ米大統領がイランを非難して、有志連合の結成を提案するなど緊張が高まった。その後、UAEは沿岸警備隊司令官らをテヘランに派遣し、イランの沿岸警備隊との間で、ホルムズ海峡の航行の安全についての協議を持っている。

協議は2013年以来6年ぶりのもので、UAEがイランに対する強硬策から現実的な政策に転換したと受け取られた。

今年3月にはUAEが、中東で最初に新型コロナウイルスの感染拡大が問題化したイランに対して、医療用の防護マスク、防護服などを積んだ貨物機2機を出して支援したことを発表した。

さらに、イスラエルとの国交正常化合意が発表された10日前の8月3日には、イランプレスの報道によると、UAEのアブドラ外相とイランのザリフ外相がビデオ会議を持っている。ザリフ外相は「私たちは新型コロナの問題や、2国間問題、地域問題、世界情勢など実質的で友好的な対話を行い、対話を継続することを約束した」とツイッターで発信した。

UAEが合意発表の直前にイラン外相と会談したのは、突然の合意によって対イラン関係が悪化するのを避けようとしたものとみられる。

合意発表の直後、米国の「中東研究所」が研究員たちによる解説を掲載したなかで、このUAE・イラン外相会談に注目して、「UAEとイスラエルの合意の主要な標的は、イランではないかもしれない」との見方を示している専門家もいた。

もちろん、UAEとしても、イスラエルとの関係強化には米国からより高度な兵器を調達できる利点もあり、イランとの間でも自分たちの交渉力を強められるという計算があっただろう。

しかしUAEは、2011年の「アラブの春」で始まった民主化を求める民衆の動きを警戒していた。体制を維持するために、イスラエルとの協力、特にモサドとの連携を必要としていたという要素もあったのである。

※後編:UAEはイスラエルから民主化弾圧のアプリ導入 に続く。

20200929issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

9月29日号(9月23日発売)は「コロナで世界に貢献した グッドカンパニー50」特集。利益も上げる世界と日本の「良き企業」50社[PLUS]進撃のBTS

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=円が軟化、介入警戒続く

ビジネス

米国株式市場=横ばい、AI・貴金属関連が高い

ワールド

米航空会社、北東部の暴風雪警報で1000便超欠航

ワールド

ゼレンスキー氏は「私が承認するまで何もできない」=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story