最新記事
北朝鮮

北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態

2025年4月10日(木)18時06分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載
ロシア派遣を阻止したい北朝鮮兵士の親たち

10月にインターネットに投稿されたロシア国内で訓練を行う北朝鮮兵士たちとされる映像より EYEPRESS via Reuters Connect

北朝鮮では毎年4月に朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の招募(徴兵、入隊)が行われる。人気のある配属先といえば、かつては国境警備隊だった。密輸や脱北の手助けをして収入が得られ、それなりに豊かな生活ができたからだ。

■【動画】ロシア派遣で「自由」を謳歌する北朝鮮兵...「卑猥な動画」を楽しむ様子が撮影され、SNSで話題に

今年、人気を集めているのは情報(IT)部隊だ。息子をそこに配属させるべく、親たちの黒いカネが飛び交う事態となっている。軍のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

朝鮮人民軍は、兵力としてのIT分野を強化するため、一部の機械化師団に「情報兵独立分隊」を設置した。所属する兵士は個室を与えられ、パソコンやIT技術を習得する。劣悪な環境で集団生活し、飢えに苦しむ一般の部隊に行くのとは天と地ほどの差があり、除隊後にも条件の良い就職が望める。

(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

兵役の人事を司る国防省隊列補充局の幹部は、この部隊のポストの「販売」を始めた。

カネと権力を併せ持つ親に接近し、息子に楽をさせたいならこの部隊がいいと話を切り出し、高額のワイロを要求する。情報筋は、その額を明らかにしていないが、話からおおよそ予想がつく。

「昨年までは北朝鮮ウォンの現金、酒、タバコがワイロの典型だったが、今年からは米ドル、ノートパソコン、スマートフォンなど高価な電化製品に変わりつつある」(情報筋)

もちろんタバコと言っても、輸入された高級タバコだ。

幹部は、「今ならポント(ポスト)が数人分残っている」などと親に持ちかけ、ワイロをむしり取ろうとする。彼らにとって徴兵の始まる4月1日からの2週間が「1年分の収入を稼げる黄金期」(情報筋)と言われるほど儲かるのだ。

暗号資産窃取事件を頻繁に起こすほどのサイバー能力を誇る北朝鮮だが、売官売位のネタにしかなっていない、「情報兵独立分隊」がIT人材を輩出するのは難しいだろう。

一方、息子がロシアに送られるのではないかと不安になった親たちが、それだけはさせまいと各地の軍事動員部の幹部にワイロを手渡し、兵役の免除やより安全な部隊への配属を求めるなど、徴兵を巡る不正行為が多発している。

北朝鮮ではそうでなくとも、兵役忌避の風潮が強まっていた。とくに娘を持つ親たちは、部隊内での虐待を恐れ、あらゆる手を尽くして「マシな部隊」に送ろうとしている。

(参考記事:女性少尉を性上納でボロボロに...金正恩「赤い貴族」のやりたい放題

当局は今までも、徴兵過程での不正行為の根絶に取り組んできたが、隊列補充局の幹部らは不正を黙認し合っている。誰かを告発したら、部署全体が厳しい検閲(監査)を受けることになり、自分の不正行為も発覚するからだろう。収入も途絶え、下手をすれば平壌から追放されることになる。

大々的な摘発が行われ、人員が総入れ替えになることもあるだろうが、新しく来た人員も頃合いを見て不正行為を始めるだろう。人事権、許認可権などありとあらゆる権限の類がカネに化けるのが北朝鮮の常なのだ。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



ニューズウィーク日本版 英語で学ぶ国際ニュース超入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年5月6日/13日号(4月30日発売)は「英語で学ぶ 国際ニュース超入門」特集。トランプ2.0/関税大戦争/ウクライナ和平/中国・台湾有事/北朝鮮/韓国新大統領……etc.

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


SDGs
使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが「竹建築」の可能性に挑む理由
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米GDP、第1四半期速報値0.3%減 関税で3年ぶ

ワールド

トランプ氏、「好きなだけ」政権にとどまるよう要請 

ワールド

中国との公正な貿易、知的財産権の管理も含まれる=ト

ビジネス

独CPI、4月速報は+2.2% 予想上回るも伸びは
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 2
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・ロマエとは「別の役割」が...専門家が驚きの発見
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 7
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 8
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 9
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中