コラム

安田純平さん拘束から3年と、日本の不名誉

2018年08月02日(木)11時30分

その声明によると、ドイツ人ジャーナリストを拘束したのはシリア征服戦線ではなく、彼らの支配地域にある別の小組織で、征服戦線はその組織の監獄を急襲して、ドイツ人ジャーナリストを助け出した、という。

ジャーナリストはシリアに入るのに、拘束された組織から「安全の保証」を得ていたと主張したという。シリア征服戦線の声明ではイスラムの預言者ムハンマドが「安全の保証」について語った伝承を引用し、さらにイスラム法学者による「一度、イスラム教徒が非イスラム教徒に『安全の保証』を与えた場合は、すべてのイスラム教徒が保証を与えるべきであり、保証を反故にしてはならない」という宗教見解を引用して、ジャーナリストの主張を受け入れている。

声明を見る限り、シリア征服戦線はドイツ人ジャーナリストを人質とはしておらず、「安全の保証」を与える結果、帰還させたことになっている。交渉の詳細は分からないが、ドイツ政府は身代金支払いを否定している。シリア征服戦線がドイツ人ジャーナリストの解放にあたって、特別に声明を出したことを含めて、ドイツ政府との交渉の結果であろうと推測できる。

紛争地など危険地に入るジャーナリストは、準備もなく単独で入るわけではなく、必ず現地を知るコーディネーターを通し、案内人と一緒に現地入りする。その地を支配している勢力から「安全の保証」を得ることはジャーナリストの活動の一部である。

ドイツ人ジャーナリストが現地入りに当たって現地の組織から得た「安全の保証」は、イスラム法のもとで異教徒にも認められる「安全の保証」と認定された。「危険地報道の会」の調査では安田さんがシリア人コーディネーターを通じてイドリブの武装組織から「安全の保証」を得ていたことが明らかになった。

ドイツ人ジャーナリストが解放された当時、安田さんの動画や画像をフェイスブックで掲載してきた、交渉代理人とつながるシリア人の自称「ジャーナリスト」が「安田氏も現地の組織に『安全の保証』を与えられており、安田氏を解放すべきだ」と、シリア征服戦線に解放を求めるコメントを出していた。

ドイツ人ジャーナリストの解放の事例は、安田さんにも適用できるものであり、ドイツ政府の対応は日本政府にとっても参考になるはずだ。

安田さんが3年にわたってシリアで拘束されていることは、日本にとって不名誉なことであり、一日も早い解放を実現することは、中東に重大な関心を寄せてきた安倍政権にとっての重要課題と認識すべきである。

ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「イランが制裁解除を打診」

ビジネス

オープンAI、半導体工場建設で米政府の融資保証獲得

ビジネス

午前の日経平均は反落、主力株主導で5万円割れ 好決

ビジネス

仏ルノーがEV版新型「トゥインゴ」を発表、低価格帯
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 5
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 6
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 9
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 10
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 9
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story