コラム

安田純平さん拘束から3年と、日本の不名誉

2018年08月02日(木)11時30分

今年6月、シリア人ジャーナリストのフェイスブック上で公開された安田さんの映像

<同じように拘束されたスペインやドイツのジャーナリストは1年以内に解放されている。なぜ日本政府は邦人保護に動かないのか>

ジャーナリストの安田純平さんが2015年6月にシリア北部で行方不明になって3年が過ぎた。6月、7月に安田さんと見られる新しい動画と画像が出てきた。7月31日には、銃を突き付けられ、オレンジ色の囚人服を着せられた、これまでにない姿に衝撃を受けた。

日本人の海外での誘拐・拘束事件で、安田さんの拘束は最長となった。邦人保護について日本政府の責任と真剣度が問われる緊急な問題となっている。

安田さんを2015年に拘束したと見られていたのは、シリア反体制組織で過激派組織アルカイダ系の「シリア解放機構(元ヌスラ戦線)」である。安田さんが15年6月にトルコ南部から国境を越えてシリアの反体制支配地域のイドリブ県に入った後、地元の武装組織に拘束され、その後、イドリブ県の最強組織だったヌスラ戦線が安田さんの身柄を押さえたというのが、私が得ている情報だった。

ヌスラ戦線はその後、アルカイダからの離脱を宣言し、「シリア征服戦線」と名前を変更し、現在はシリア解放機構を名乗っている。7月半ばには6月に撮影された映像の一部が出て、「別組織に引き渡された」という報道もあった。

今回の映像はこれまでのものとは異なるため、安田さんが置かれた状況が変化した可能性はあるが、安田さんが自らを「韓国人」と語っていることや、拘束組織が明らかでないことなど謎が多い。ただし、この映像は武装グループが安田さんを拘束していることを示す日本向けの合図と考えられる。解放に向けた交渉の余地があることを表している。

【参考記事】安田純平さん拘束と、政府の「国民を守る」責任

スペインもドイツも政府が動いて交渉した

安田さんの解放に向けた今後の対応を考える上でも、これまでの3年間の対応を振り返る必要がある。

2016年3月に初めて安田さんの動画が出て、5月に「助けてください。これが最後のチャンスです」という紙を持った画像が出た。この映像、画像にも拘束組織の名前はなかった。

安田さんを拘束していると見られたシリア解放機構(元ヌスラ戦線)は、外国人ジャーナリストを人質としていることを公式に認めてはいない。しかし、「交渉代理人」を名乗る人物がいて、人質の母国政府との交渉窓口になっていた。今年6月までに出てきた動画は、交渉代理人の指示を受けて自称「ジャーナリスト」のフェイスブックで公開されてきたものだった。

紛争地にいる武装組織にとって、人質は、身代金目当てと同時に、対立する他の組織や政府との間の捕虜交換の交渉材料である。人質は極秘の場所で拘束され、外部から簡単に接触できることは考えられない。自称代理人といっても、安田さんの映像を入手して、公開できるということは、拘束組織の指導部とつながり、その意を受けて動いていると考えるしかない。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、シリアでIS拠点に大規模空爆 米兵士殺害に報復

ワールド

エプスタイン文書公開、クリントン元大統領の写真など

ワールド

アングル:失言や違法捜査、米司法省でミス連鎖 トラ

ワールド

アングル:反攻強めるミャンマー国軍、徴兵制やドロー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 5
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 6
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 7
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 8
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story