コラム

安田純平さん拘束から3年と、日本の不名誉

2018年08月02日(木)11時30分

さらに、安田さんの後にシリア解放機構に拘束されたとされる3人のスペイン人ジャーナリストやドイツ人の女性ジャーナリストが、それぞれスペイン政府、ドイツ政府が動いて、代理人との交渉を通していずれも10カ月で解放されている。報道を見るかぎり、単純な身代金交渉ではなく、人質が引き渡されるトルコや、シリア反体制組織に影響力を持つアラブ・湾岸諸国と連携した上で人質の解放が実現している。

問題は、なぜ、安田さんだけが解放されないまま3年も過ぎてしまっているのか、ということである。私はジャーナリスト有志でつくる「危険地報道を考えるジャーナリストの会」に参加し、紛争地などでのジャーナリスト活動の在り方を考える活動の一環として、5月に開催された報告会で安田さん問題も取り上げた。

報告会で発表した日本政府に向けた声明文の中では、「私たちの独自の情報収集では、日本政府が救出や解放交渉に動いているという情報は得られませんでした。日本政府が安田さんを一日も早く無事に帰還させ、邦人保護の責務を果たすためには、シリアと国境を接するトルコや反体制勢力を支援する湾岸アラブ諸国などとの協力が不可欠です。日本政府としての情報収集と交渉が求められます」とした。

会では安田さん問題の対応をしている外務省の邦人テロ対策課の担当者に面会し、政府の対応を聞いた。邦人テロ対策課の担当者は何を聞いても「事案の性格上、詳細については答えられない」の一点張りだった。それは予想した通りだったが、答えないとしても、何か動いている感触が得られるのではないか、と期待したが、何の感触も得ることはできなかった。

同時に安田さんのシリア入りを助けた現地のシリア人や、代理人と連携して安田さんの映像を公開しているジャーナリストと接触するなど、情報取集をした。現地の関係者から安田さんの消息に結び付くような情報は得られなかった。それも予想したことだが、安田さんがシリア入りした経緯などを詳しく知ることができた。

日本政府が安田さん解放のために動くとすれば、基本的な情報の確認が必要なはずだが、主要な情報確認先で、日本政府が接触してきたという感触は得られなかった。

会の声明で「日本政府が救出や解放交渉に動いているという情報は得られなかった」というのは、外務省の担当課と現地調査を合わせて判断したものである。

危険地報道の会として邦人テロ対策課の担当者に面会した時に、メディアとの協力関係の必要性を訴えた。それに対する外務省の答えは、「さまざまな情報を駆使して全力で対応している」というものだった。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

金正恩氏が列車で北京へ出発、3日に式典出席 韓国メ

ワールド

欧州委員長搭乗機でGPS使えず、ロシアの電波妨害か

ワールド

ガザ市で一段と戦車進める、イスラエル軍 空爆や砲撃

ワールド

ウクライナ元国会議長殺害、ロシアが関与と警察長官 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 2
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあるがなくさないでほしい
  • 3
    映画『K-POPガールズ! デーモン・ハンターズ』が世界的ヒット その背景にあるものは?
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 6
    BAT新型加熱式たばこ「glo Hilo」シリーズ全国展開へ…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    就寝中に体の上を這い回る「危険生物」に気付いた女…
  • 9
    シャーロット王女とルイ王子の「きょうだい愛」の瞬…
  • 10
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 3
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 4
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 8
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪…
  • 9
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story