コラム

空爆から1年半、なぜ「今回は」ガザの復興が進まないか

2016年03月04日(金)10時35分

レジスタンス(抵抗運動)が弾圧の名目に

 ただし、ガザで一般住民がハマスを批判するようになっているのは、これまでにないことである。土井さんの映画では、ハマス政府のメディア担当の幹部(47)が登場してハマスを内部から批判するインタビューがある。

 幹部は「政権を取る前にモスクを中心に活動していた時、ハマスには公正、寛容、清廉、献身がありました。しかし権力を手にし、誘惑や金や利権を前にして腐敗に感染してしまった。ハマスにはしっかりした"自己監視装置"が欠落しています。ハマスの中で自己監視が十分に機能しなかったのです。過ちを正すことができない」と語った。

 さらに男性は続けた。「ガザにおいて重要なのは"レジスタンス(抵抗運動)"です。大きなレジスタンス組織が権力を持った時、レジスタンスの名において住民を沈黙させることができます。レジスタンスはパレスチナ人の大義であり神聖なのです。その名において住民を弾圧できます。しかしそれは組織としてのハマスの姿勢ではありません。一部の者たちがそれを口実に利用するのです」

 土井さんは映画の中で、「それは一部のグループではなく、もっと大きな組織ぐるみの動きでは?」と質問する。すると、男性は「力を持つグループが権力を濫用しても誰も止めることができません。ハマス内部や軍事組織の"自己監視"の機能がとても弱いので、行き過ぎた行為を止められないのです」と答えた。

 メディア担当というのは、ハマスの政治部門である。この男性の内部批判を聞くと、ガザのハマスで抵抗運動を担う軍事部門が影響力を持っていることが想像できる。ハマスには政治部門と軍事部門があり、全く独立した指揮命令系統だ。軍事部門のイッザディン・カッサーム軍団はイスラエルとの武装闘争を行い、秘密組織である。一方の政治部門はハマスの政治宣伝を人々に向けて行い、社会に向けて働きかける。外国メディアなどに出てくるハマスの指導者や、ガザの自治政府の行政に携わる者たちは政治部門である。

ハマスの軍事部門が主導権を握る

 ハマスは1978年にパレスチナで第1次インティファーダ(反占領闘争)が始まった時、それまでは貧困救済や孤児救済などのイスラム的社会運動をしていたイスラム勢力の抵抗運動として組織された。ハマスをつくったイスラム組織はいまでもあり、保育所や学校、病院などを運営している。

 ハマスには社会部門、政治部門、軍事部門という3つの活動がある。2006年にハマスがパレスチナ自治政府の選挙に参加して勝利し、自治政府を組織した時は政治部門が主導したものである。もちろん、選挙で人々の支持を集めるには、人々とつながるハマスの社会部門が集票マシーンとなったことは疑いない。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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