コラム

空爆から1年半、なぜ「今回は」ガザの復興が進まないか

2016年03月04日(金)10時35分

 選挙に参加して勝利したにも関わらず、米欧や国連はハマス政権を認めず、国際的な締め付けを強めた。その後、ガザでハマスがパレスチナ警察を襲撃して、ファタハを追い出したことは、ハマスの軍事部門が主導した動きであろう。

 ハマスが支配するガザ政府は、行政は政治部門が担当し、警察や治安は軍事部門が担当していると考えることができる。ガザではハマス警察のほかに、ハマスの軍事部門のメンバーがガザ全域で夜間パトロールを行い、治安維持をしている。土井さんの映画で内部批判しているハマス政府を主導する政治部門の人間は、ハマス警察や各地のハマスの軍事部門にとって統制できない存在ということになる。

軍事支配となり、ハマスと民衆が分断されるガザ

 問題は、2008年末以来、6年間で3回、イスラエルによる大規模攻撃があったことだ。イスラエルの攻撃が続いている間の「戦時」では当然、ハマスの軍事部門が表に出るが、戦争が終わっても、いつまた戦闘が再燃するか分からないとなれば、平時に戻っても、軍事部門が再建での主導権を持つことにならざるを得ないだろう。特に、2014年夏の攻撃の後のように、戦争が終わってもイスラエルとエジプトの間で封殺されることになれば、住宅の再建も、インフラの再建も、次の戦争に備えて、軍事部門中心にならざるを得ない。

 その結果、ガザでは軍事優先となり、民衆は犠牲になる。民衆から批判が出ても、ハマスの軍事部門が握る治安警察による弾圧は容赦ないものとなる。ハマス政府の役人が「それは組織としてのハマスの姿勢ではない」と批判しても、イスラエルに対する抵抗運動が神聖な戦いとされている以上、弾圧さえも正当化されてしまうことになる。

 ハマスのガザ統治が軍事支配となるのは、イスラエルによる3度の戦争の当然の帰結であろう。当初は民衆に支持され、民主的な選挙で勝利したハマスの統治が、警察支配、強権支配となり、民衆を抑圧する機関となっている。執拗にガザへの大規模攻撃を繰り返すイスラエルは、ハマスと民衆の間にくさびを打ち込むことを狙っているのかもしれない。ガザの人々の「絶望」は深まるばかりである。

※土井敏邦氏のHP http://www.doi-toshikuni.net/j/index.html

kawakami160304-b.jpg

土井敏邦監督作品『絶望の街』

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、ウクライナのエネルギー施設に集中攻撃 全国

ビジネス

ECB、3会合連続で金利据え置き 今後の道筋示さず

ビジネス

米メタ、250億ドルの社債発行へ 最長40年債も=

ビジネス

エヌビディアCEO、サムスン・現代自会長と会談 A
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面に ロシア軍が8倍の主力部隊を投入
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    海に響き渡る轟音...「5000頭のアレ」が一斉に大移動…
  • 8
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 9
    必要な証拠の95%を確保していたのに...中国のスパイ…
  • 10
    【クイズ】開館が近づく「大エジプト博物館」...総工…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」にSNS震撼、誰もが恐れる「その正体」とは?
  • 4
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 10
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story