コラム

鳴り物入りで発足した韓国の「公捜処」が開店休業中の理由

2023年02月28日(火)18時19分
尹錫悦

元検事総長でもある尹大統領 CHUNG SUNG-JUNーPOOLーREUTERS

<韓国では今、野党党首の疑惑が取り沙汰されているが、そこに文在寅時代に発足した「高位公職者犯罪捜査処(公捜処)」の姿はない。中立的な捜査機関が機能しない「韓国の特徴ある司法と政治の関係」とは?>

民主主義体制下における司法部門は不思議な組織だ。行政府の長や立法府の構成員は、選挙などの民主主義的手続きによって選出される。しかし、司法部門の構成員はそうではない。

構成するのは、高度な法律学の試験をクリアした専門家であり、外部の人間が自由に任免できはしない。国民が主権を持つはずの民主主義国家において、「エリートの支配」が依然として残される部分、それが司法部門だ。

もちろん、理由がある。その最大のものは「多数派による専制」の懸念である。多数派が政治的暴走を始めたとき、これを抑えるのが司法の役割の1つであり、だからこそ「法律の専門家」による冷静な判断が必要だ、とされるのである。

しかし、このような司法部門の在り方は、変化を求める国民と法的安定を志向するエリートの間に対立をもたらすことにもなる。

とりわけ長い権威主義体制下にあった韓国では、安定した法的解釈はすなわち権威主義体制下の理解の継承だ、として時に激しい非難が向けられる。こうしてエリートが国民の意思に従わざるを得ない状況が生まれ、韓国司法の法律解釈は、国内法・国際法を問わず大きく揺れ動く。

さらに厄介な存在がある。検察だ。刑事裁判において公訴を決め、裁判の維持を担当する検察は、司法部門ではなく行政府の一部であり、その活動には行政府の影響が及ぶ余地も大きい。多くの国では検察に対する指揮権をも法務大臣などに与えている。

だから、この制度には欠陥がある。行政府の検察に対する統制力が大きくなれば、検察が行政府の違法行為を捜査することが困難になるからだ。それ故、これまた多くの国では法務大臣などによる検察への指揮権は簡単に抜けない「伝家の宝刀」的な位置に置かれている。

だが、それが成立するのは検察への外部からの干渉は最小限であるべきだ、という理解が社会に共有されている場合のみである。既に述べたように、韓国では権威主義体制以来の法的慣行は変わるべきだとする世論が存在し、行政府はこれを背後に検察に積極的に干渉してきた。

検察の側もそれを受け入れ、大統領が交代すると同時に、新たな検事総長が任命される事態も続いてきた。だから、検察は多くの場合には「自らを任命した大統領の政権」のスキャンダルを積極的に捜査しようとはしなかった。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア高官、和平案巡り米側と接触 協議継続へ=大統

ワールド

ゼレンスキー氏、和平巡る進展に期待 28日にトラン

ワールド

前大統領に懲役10年求刑、非常戒厳後の捜査妨害など

ワールド

中国、米防衛企業20社などに制裁 台湾への武器売却
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 7
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 8
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story