コラム

「日韓逆転」論の本質は日本の真の実力への目覚め

2021年12月27日(月)06時20分

韓国が大きいのか、日本が小さいのか?(巨大な国旗に敬礼する韓国軍兵士) Lee Jin-man-REUTERS

<巷間騒がれている日韓逆転論が示したのは、コロナ後の景気回復に一人出遅れ、「安全資産」のはずの円まで売られる現状から気付かされた、幻想の大国ニッポンの姿だ>

韓国が日本を逆転......、そんな記事が新聞をはじめとする多くのメディアを賑わせている。取り上げられているのは、主に三つの指標での「日韓逆転」である。すなわち、第一がPPP(購買力平価)ベースでの一人当たりGDP、第二がやはりPPPベースでの年間賃金、そして最後がドル建てでの軍事費である。ちなみに、各々のデータの出所は第一のものについては、世界銀行やIMFの一般的な統計が用いられる一方、第二のものについてはOECD、そして第三の軍事費については、ストックホルム国際平和研究所の統計が使われることが多くなっている。

逆転は今に始まったことではない

しかしながら、ここで興味深いことが二つある。第一は、どうして「今」、この話が急に脚光を浴びているのかである。例えば、IMFの発表する統計において、PPPベースの一人当たりGDPで、韓国が日本を追い越したのは2018年だから、既に3年も前のことである。OECDが発表するPPPベースでの年間賃金で韓国が日本を上回った年に至っては、2015年だから、既にそれから6年も経過していることになる。逆に一部で「逆転」が伝えられたドルベースでの軍事費は、少なくともストックホルム国際平和研究所が公式に発表しているデータでは、昨年、2020年の段階では、未だ日本が辛うじて上位に立っている。つまり、一部メディアの報道は、軍事費面においては、2021年の自国通貨ベースの数値を、独自に計算した結果に過ぎず、いささかフライング気味のものになっている。

もう一つ興味深いのは、比較の対象が「韓国」だということである。周知のように、我が国の経済的不振は1989年代末のバブル景気終焉から既に30年以上続いている。この結果、PPPベースでの一人当たりGDPの日本の世界ランキング上での位置は、やはりIMFの推計を使えば1989年の22位から2020年には32位まで落ちることになっている。だから当然のことながら、この間に日本を追い抜いたのは、韓国だけではない。例えば、東アジア・東南アジア地域では、シンガポール、マカオ、香港、台湾、そして韓国が、既に日本の上位に位置している。つまり、かつて1980年代に「アジアNIEs」として一括りにされた新興工業経済国・地域は、現在では、すべてこのランキングでは日本より上位になっていることになる。そして、日本のメディアや世論は、韓国と同じくかつて日本の植民地であった台湾を含む、これらの諸国・地域が統計上のデータで日本を追い抜いた時には、殆ど何も報道しなかった。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


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