コラム

「日韓逆転」論の本質は日本の真の実力への目覚め

2021年12月27日(月)06時20分

それでは人々は何故「今」、「韓国」に統計上のデータで逆転されたことを、あたかもこの瞬間における重要な出来事であるかのように論じているのだろうか。この問題を考える上でカギになるのは、「日韓逆転」を熱心に論じる状況が、今の韓国側には存在しないことである。例えば、2015年、OECDの統計上で、PPPベースでの韓国の賃金が上回った時には、一部の韓国メディアがこれを盛んに報道したことがあった。とはいえ、そのトーンは、例えば「日本を上回った」ことを、誇り、祝うものとは程遠かった。何故ならそこで報じられたのはむしろ、賃金上昇により、鉱工業の生産コストが上昇し、韓国企業が日本企業に対して劣位に立たされるのではないか、という懸念だったからである。

しかし、「今」の韓国においては、その議論すらあまり見られない。そしてそれは当然のことである。PPPベースでの一人当たりGDPや年間賃金で、韓国が統計上、日本を追い越したのが「今」の出来事ではない以上、韓国の人々がこれを、「今」議論する必要はないからである。だから、現在展開されている大統領選挙においても、この「日韓逆転」の状況に殊更に注目する候補者は存在せず、両国の経済状況の違いに着目した議論も殆どなされていない。

シンガポールに抜かれても平気なのに

だとすれば、「今」、そして「韓国」との間の統計データ上での逆転現象を熱心に議論する理由は日本側にしか存在しないことになる。この点についてわかりやすいのは、「韓国」に拘る意識の方である。シンガポールや台湾、さらにはイタリアやニュージーランドに追い越されても気にしない人々が、「韓国」との関係の逆転に大きく反応するのは、良くも悪くも今の日本人にとって、「韓国」が自らの国際的地位を測る物差しになっていることを意味している。

だから、例えば霞が関の官庁が予算の増額を要求する際にも、「韓国」は便利な存在として用いられる。何故なら「スウェーデンより福祉の水準が低い」と数値を示されても反応しない政治家や世論が、「韓国よりも福祉の水準が低い」と言って同じ数値を示せば、たちまち大きな関心を示すからである。同じことは、軍事費についても言うことができる。防衛省が関係者に対して行うブリーフィングの資料では、韓国の軍事費が日本のそれを凌駕しつつあることが太字で明記され、更には韓国がGDPに比して如何に大きな軍事関係の支出を行っているかが強調されている。つまり、それは韓国には負けられないから予算をもっと出せ、と言うことだ。そこには、「韓国」を利用して、自らの重視する問題に対し注目を集め、そこから利益を得ようとする人々のしたたかな計算が存在する。

言うまでもなく、その背景に存在するのは、悪化する日韓関係が、人々に韓国とのライバル関係を強く意識させ、結果、韓国がベンチマークとして機能する、という皮肉な状況である。だから、人々は例えば新型コロナ禍における対処についても、「韓国に出来ることが日本に出来ない筈がない」と簡単に結論付ける。そしてそこで「韓国に出来ることは日本に出来る」と考える根拠は何も示されない。何故なら現在の日本人にとって韓国は、「そこまでは手が届く筈の目標」と漠然と考えられているからである。勿論、そこに日本人が広く保有する、韓国に対する一定の偏見を見出すことは容易である。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


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