首相退陣目前の「石破談話」は、「河野談話」の二の舞になりかねない

石破首相は「戦後80周年メッセージ」に意欲を見せているというが Toru HanaiーPoolーREUTERS
<退陣を表明した石破首相が「戦後80周年メッセージ」に意欲を見せているという。しかし、自ら政策を実行できない立場になる政治家が出す談話について、その影響と責任を考える必要がある>
9月7日、石破茂首相が退任を表明した。石破首相の首相就任は昨年10月1日だったから、約1年でその職を退くことになる。
韓国との関係が悪かった安倍晋三元首相の長年の政敵であり、歴史認識問題で融和的な石破首相は、韓国では評判が高かった。全国戦没者追悼式の式辞では、13年ぶりに「反省」の語を使い、植民地支配批判を封印した李在明(イ・ジェミョン)大統領と「呼応」した形になった。
その石破首相が「戦後80周年メッセージ」を出すことに意欲を見せているという。周知のように首相はかねてから自らの歴史認識を示すメッセージを出すことに意欲を見せていた。しかしその意欲は参議院選挙での大敗に始まる政治的混乱の中でくじかれ、終戦記念日である8月15日と、日本が降伏文書に署名した9月2日の二度の機会を逃した。
石破首相が三度にわたって自らの「戦後メッセージ」を出そうとする背景に、歴史認識問題に関わる矜持と、日本社会の右傾化への懸念を見ることは難しくない。とはいえ、ここで大きな疑問が残る。退任する政治家が、重要な政治的問題にメッセージを出すことの意味である。
退任直前の政治家が歴史認識問題に対して大きなメッセージを出すことには、よく知られた先例がある。1993年8月4日に出された慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話、いわゆる「河野談話」である。
当時は宮沢喜一政権下の自民党が小沢一郎、故羽田孜両氏らによる離党で過半数を失い、続いて行われた衆議院選挙後の多数派工作にも失敗したことで、自民党の下野がほぼ既成事実化した状態にあった。河野談話はこのような状況に置かれた河野洋平氏が、官房長官としての最後の記者会見の場で示したものである。
この時点で河野氏や故宮沢元首相が、談話に沿った政策を実行することが不可能なのは明らかだった。であれば、なぜに河野氏は敢えて談話を出したのか。宮沢政権下での慰安婦問題の解決を目指した河野氏の矜持や、自らを政権から追い落とした小沢氏らへの強い不信感が指摘されている。
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