コラム

安倍晋三を朝鮮半島で躓かせたアナクロニズム

2020年09月11日(金)11時35分

しかし周知の様に、この第二次安倍政権の韓国へのアプローチは、慰安婦問題の解決を強硬に求める朴槿恵政権によって早々に拒絶された。朴槿惠は慰安婦問題での進展がなければ無意味だとして、安倍首相との会談すら拒絶し、日韓関係は大きく悪化した。これに対して、次に第二次安倍政権が試みたのは、アメリカ政府を動かしてこの問題を解決する事だった。結果、南シナ海を巡って米中が対立を深める中、中国への接近を進める朴槿恵政権への懸念を深めたアメリカ政府が圧力をかけ、2015年12月、所謂「慰安婦合意」が成立する。

とはいえ、この様な第二次安倍政権の努力は、今度は2017年、前年に勃発した弾劾運動の結果として朴槿恵政権が崩壊し、新たに文在寅政権が成立すると、事実上水泡に帰することになる。言うまでもなく、文在寅政権がこの合意の核ともいえる「和解・癒やし財団」を解散させ、合意に伴う支援事業を事実上打ち切るに至ったからである。次いで2018年10月には、元徴用工問題を巡って日本企業に慰謝料の支払いを命じる判決を韓国大法院が行い、日本政府・世論はこれに反発した。

ロシアやモンゴルにもアプローチ

重要なのは、ここにおいても「問題解決」の為に動いたのが、文在寅政権ではなく、第二次安倍政権の側だった事である。「司法の判断は司法に任せる」という方針の下、韓国政府が元徴用工問題に対して韓国政府が積極的な措置を放棄し、慰安婦問題についても「和解・癒やし財団」解散の後、新たな動きを見せなかった一方、日本政府が選択したのは、安全保障上の理由を名目として、一部半導体産品の輸出の規制を強化し、韓国側に問題の解決を促す事だった。つまり日本政府は、今度はアメリカではなく、自らの経済力を用いて、状況を動かそうとしたのである。そして、この措置が韓国政府・世論の強い反発を呼び、日本製品や日本旅行のボイコットへと繋がる事は既に述べた通りである。

こうして見た時明らかなのは、その方法や方向性の是非を別として、第二次安倍政権成立以降の日韓関係を「動かそう」としたのは、韓国側ではなく日本側であったという事である。同様の事は北朝鮮との関係についても言う事が出来る。第二次安倍政権成立後の日朝関係は、北朝鮮側が積極的な動きを見せない中、拉致問題の解決を求める日本側は、時には国内、時には中国やアメリカ、ロシアやモンゴルを含む様々なルートを用いてアプローチを続けてきた。つまり、ここでも状況を変えようとしていたのは、日本側であり、にも拘わらずそのアプローチが相手側の拒絶により成功しない、という状況が続いて来た事になる。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、イラン・イスラエル仲介用意 ウラン保管も=

ワールド

イラン核施設、新たな被害なし IAEA事務局長が報

ビジネス

インド貿易赤字、5月は縮小 輸入が減少

ワールド

イラン、NPT脱退法案を国会で準備中 決定はまだ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story