コラム

日本では不要な「警察を呼ぶ限界点の見極め」が必要なイギリス

2023年06月08日(木)14時20分

警察が到着すると、事態は思ったよりずっと奇妙だったことが判明した。

彼は実は、他の仲間と一緒にそのアパートに住んでいたのだが、けんかして締め出されたのだ。だから彼は部屋に押し入ろうとしていた。さらにややこしいことに、彼らはそのアパートで違法に居住していたから、彼はコソコソせざるを得なかった。

彼らは厳密に言うところの「不法占拠」をしていたわけではない。外国人の建設労働者で、その建物のオーナーに雇われており、低賃金労働の見返りに地下の物置部屋で家賃無料で居住することを許されていた。

その部屋は、換気や衛生面やトイレや台所や火災避難経路など、最低限の法的基準も満たしていなかったから住居としては認められず、だからこそここに住んでいることは内緒にしておかなければならなかった。つまり、確かに犯罪は犯罪だったのだが、本当の犯罪者はいかがわしい家主のほうだったというわけだ。

ともかく、話を昨日のことに戻そう。1人の男が歩道に横たわり、うわ言を口走っていた。僕の住む町では、特に金曜の夜にはしょっちゅう見る光景だから、警察沙汰と言うには当たらない。だから僕は、彼に関わらずに通り過ぎて道路の反対側に渡った。

ところが、他の人があまり気に留めずにその男を通り過ぎようとしたとき、助け起こしてくれと頼まれたようだ。当然ながらその通行人は最初は聞こえないふりをしたが、次いで、道に酔っぱらって(あるいはドラッグ中毒で)寝転ぶ人の手を取りたくないという仕草を見せた。するとその時、寝転ぶ男が(「奇跡的に」)起き上がり、怒って通行人の周りを跳ね回り、なんで助けてくれないんだ、とすごんだ。

この瞬間、僕は自分が「計算」しているのに気付いた。武器はない、今のところ暴力もない......通行人はまだ落ち着いている......このイカレた男はかなり頭に血が上っているけどすぐに落ち着く可能性もある......、というわけで、通報はしなくて良し。

ところが数分後、僕は計算し直した。通行人が何度も歩き去ろうとしているのに、イカレた男が飛び跳ねて邪魔をし、引き留めている。既に口論になっていてこれからどんどんエスカレートしかねないし、このままだとトラブルになるか介入がなければらちが明かないのは明らかだった。それにこの男は明らかに厄介ごとを引き起こそうとしていて、この人でうまくいかなくてもきっとまた繰り返すような感じだった。そこで、僕は警察を呼んだ。

いま見たことを電話口で説明した後、僕は「通報に値する」と判断した理由を警察に説明している自分に気付いた。ただ警察に通報するだけじゃなくて、自分なりの通報限界基準を把握しておかなければならないし、それを通報の際に説明しなければと考えてしまう──そんな事態は、日本人ならあまり経験しないのでは?

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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