コラム

スコットランドを分断する「アイルランド推しか否か」

2022年09月01日(木)16時30分

スコットランド国旗はないのに日の丸はある

そんなわけで僕は靴を履き替えて出直し、そしてアイルランド共和国の旗がそこかしこに飾られているのに驚いた。パブではIRA(アイルランド共和軍)の歌の大合唱が響き渡っていた。だから、スコットランド・ナショナリズムの本拠地に入りながら、大勢の人々が「第三国」であるアイルランドに傾倒している様子を目の当たりにするのはちょっと予想外だった。

僕はスコットランド国旗の「サルタイヤ」が飾られていないか探してみたけれど、1つも見つからなかった(セルティックの日本人選手を称えて日の丸が飾られているのはいくつか目にした)。

それからおかしなことに、数日後に乗ったロンドンに戻る電車はレンジャーズのサポーターでいっぱいで、これまでと正反対の状況を味わった。当時レンジャーズは欧州リーグ決勝をスペインで戦っているところだった。地方空港からのスペイン便は売り切れになっていたから、大勢のサポーターがロンドンの空港へと電車で向かっていたわけだ。

このときは、電車内には「反アイルランド」の歌が響いていた(同じ車両に乗っていた誰かがご親切にも大音量のステレオで流していた)。僕はいつもクラダリング(王冠の載ったハートを支える両手をモチーフにしたアイルランドの伝統的工芸品の指輪)をしているが、誰かに指摘されたら、実はデザイナーの名字が僕と同じなんだ、と答えている(とてもアイルランド的な名字だ)。でもこの電車の中では、僕はそのリングをそっと外して隠した。僕がアイルランド系だと示す証拠になってしまうし、レンジャーズのサポーターにバレたら危険だと思ったからだ。そしてもちろん、誰かに名前を尋ねられたら「コリン・スミスです」と答えようと思っていた(とてもイングランド的な名字だ)。

これは深い分析というより「観察」程度の性質のものだが、明らかにスコットランドの人々が強固なアイデンティティーを共有している場所において、「スコットランドらしさ」のタイプ別に大きな分断が存在することを目の当たりにし、さらにそれがイングランドに対する態度ではなくむしろアイルランドに対する態度で意見が割れているという点に気付いて、僕は本当に奇妙な気持ちに襲われた。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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