コラム

誰かが本当の勇敢さを見せるとき

2020年03月31日(火)19時00分

自身が犯罪の目撃者になったことと殺人事件を追うBBCの番組を見たことで、人の勇敢さについて考えさせられた Easyturn/iStock.

<犯罪の目撃者になって分かった――人は自分が思っているより臆病かもしれないし、他人が考えているより勇敢かもしれない>

数週間前、僕はある事件の目撃者になった。肌寒い午後、ロンドンのリージェンツ運河沿いを歩いていたとき、若い男性が理由もなく、酔っぱらいのチンピラたちに川へと突き落とされたのだ。必然的に僕は、この男性に付き添って警察官の到着を待ち、彼の身に異変がないか気を配り、警察が来てからは犯人たちの風貌を説明して、見つけられそうな場所を伝えた。彼らがきっと飲み直しているだろうと検討のつくパブが、運河沿いに2、3分歩いたところにあった。

でもその後、また散歩を始めるうちに心配になってきた。あのグループに万が一また出くわしたら大変だから、散歩をやめようかと思った。次に会ったら彼らは僕を川に突き落とすか、叩きのめすだろう。かなりのならず者たちだった......たぶん、次のバスに飛び乗って、どこでもいいから2つか3つ先のバス停まで行っておくべきかもしれない......。他の人たちは立ち去ったのに、なんで僕は警察に供述なんてしたんだろう? 裁判になって、証人として呼ばれたらどうする? 僕の顔も名前も彼らに分かってしまうだろう......。

起こるはずのないシナリオが、次々と頭に浮かんだ。あのアクセントと服装から見て彼らはおそらく、争いごとが大好きと評判の「(少数民族の)アイルランド系トラベラーズ」の若者グループではないかと僕は考えた。彼らがそうだとして......いかにもアイルランド系の姓を持つ僕が「密告した」と知って、もしも彼らが激怒したらどうなるだろう......。

僕は怖くなり、怖くなった自分が恥ずかしくなった。自分は臆病者だと認めざるをえなかった。僕は勇敢な人たちを尊敬しているが、その仲間には入れそうにない。

僕が強く思うのは、人が勇気を見せるのは、いつどんなときか分からない、ということ。権力を持ち庇護されている人々が、実は情けないほど臆病だと判明するかもしれない。見るからに「普通」の人が、とびきり勇敢かもしれない。そんなことを考えたのは、最近BBCで、殺人事件の捜査をする警察を追いかけた素晴らしいドキュメンタリーを見たからだ。

アルコール依存症のホームレスの彼がしたこと

このドキュメンタリーの表向きのテーマは、事件解決のためにさまざまなタイプの捜査官がいかに協力しているか、というものだった。ドラマのような「直感を頼りに動く一匹狼の刑事」とはほど遠く、むしろ専門家たちが結集して、時間と戦いながら捜査を進める。法医学者の分析もあれば、戸別の聞き込みもあり、武装警官による手入れや、携帯通話の追跡、容疑者の尋問や、染みにすらならない小さな血痕を嗅ぎ当てる警察犬とその相棒の指導手もいる。おもしろいドキュメンタリーだったが、そこからは別の論点も感じ取れた。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米CB景気先行指数、8月は予想上回る0.5%低下 

ワールド

イスラエル、レバノン南部のヒズボラ拠点を空爆

ワールド

米英首脳、両国間の投資拡大を歓迎 「特別な関係」の

ワールド

トランプ氏、パレスチナ国家承認巡り「英と見解相違」
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story