コラム

英総選挙は予測不能......ブレグジット賛否でねじれにねじれたイギリス世論

2019年12月10日(火)15時30分

イギリス世論はブレグジットをめぐって裁断された(縫製工場を視察するジョンソン) Hannah Mckay-REUTERS

<ブレグジットはイギリスという国を分断しただけでなく、主要政党間の境界も切り裂いてしまった>

アメリカ人作家ジョセフ・ヘラーは恐らく、不条理で解決不能な難問という意味の「キャッチ22」という言葉を作り出したことで最もよく知られている。だがここ1年で僕の頭によく浮かんだのは、それよりややオリジナル感に欠ける彼の言葉――「I don't know(私は分からない)」だ。小説『輝けゴールド』(邦訳・早川書房)で、初めて政治の世界に足を踏み入れ、理解の及ばない状況にぶち当たる主人公が口にする。ところがこの言葉は、同僚たちの間で流行する(「We didn't know you could say that!(そんなこと言ってもいいとは分からなかった!)」という具合に)。

この言葉は、今こそまさにぴったりだ。今のイギリスの政治について言えば、この言葉は適切、どころか唯一の良識ある表現。政治ジャーナリストのアンドルー・マーが最近言ったように、もしも誰かが(12月12日に行われる)英総選挙の結果が分かるぞ、などと言ってきたら、「片眉を上げ、丁重にほほ笑んで、立ち去るのがよろしい」というわけだ。

独自の考えを売り込みたいコメンテーターたちだけが、大胆予想を繰り広げている。ジェレミー・コービン労働党党首の急進的な「希望のマニフェスト」は選挙戦を活性化した、有権者はボリス・ジョンソン首相の大言壮語を見破り始めた、スコットランド民族党(SNP)のニコラ・スタージョン党首は見放されつつあるが思い上がり過ぎてそれに気付いていない......などだ。

真実は誰にも分からない。選挙結果がどうなるのかだけでなく、スコットランド独立や英議会の主権、現在ある政党の今後、といった多岐にわたる政治的課題がどうなるのか全く見えてこない。

たぶん大事なのは、「何が」起こるか分からないという点ではなく、「なぜ」分からないのかという点だろう。どうして情報に基づく予想や知識に裏打ちされた推測が、かつてなく外れまくるようになったのか、ということだ。

労働党に背を向ける労働者

まず明らかに、ブレグジット(イギリスのEU離脱)は全てをひっくり返した。国家を分断しただけでなく主要政党間の境界も切り裂いてしまった。しぶとくブレグジットに反対し続ける保守党支持者もいて、彼らはジョンソンを許せない。これまではずっと労働党に投票してきたものの熱心なブレグジット支持者で、労働党のブレグジットへの曖昧な姿勢と国民投票再実施の主張に業を煮やして今回は労働党に票を入れないと言う人々もいる。

EU残留支持を明言しているSNPと自由民主党でさえ、足並みはそろっていない。例えば自由民主党支持者の3分の1は、2016年の国民投票で離脱に票を投じた。残留派の党(彼らのスローガンは「ブレグジット、くだらん!」)という立場を取ることで、彼らは二兎を追ううちに手持ちの一兎さえ逃しそうだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:闇に隠れるパイロットの精神疾患、操縦免許剥奪

ビジネス

ソフトバンクG、米デジタルインフラ投資企業「デジタ

ビジネス

ネットフリックスのワーナー買収、ハリウッドの労組が

ワールド

米、B型肝炎ワクチンの出生時接種推奨を撤回 ケネデ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story