コラム

ナチスと戦った若きドイツ人女性を知っている?

2019年01月15日(火)17時40分

ゾフィーは仲間たちとともにナチス抵抗運動を展開した DW News/YOUTUBE

<ナチスに立ち向かった「白バラ抵抗運動」のゾフィー・ショルは外国では無名だがドイツでは誰もが今なお崇拝するヒロイン>

数年前、僕はある新聞記事を読んで興味を引かれた。それは、さまざまな国でヒーローとみなされているのにその国の外ではほとんど知られていない人々について書かれたものだった。その中で(イギリスでは)「ほぼ無名」だがドイツでは崇拝され、特に若い女性たちに尊敬されているゾフィー・ショルについて触れられていたことをよく覚えている。

僕はゾフィーや、彼女の所属していた白バラ抵抗運動のことを知っていたから、かなり得意な気持ちになった。僕が大学で歴史を学んでいたとき、(何かのついでに)彼女のことを読んだのだ。思い返せば、その週の課題は「ナチスに対する積極的抵抗運動はなぜあんなにも少なかったのか」だった。僕の歴史のチューター(学生の個人指導にあたる教授)が、「消極的抵抗を呼び掛けるわずかなビラでナチスと戦えるなどと考えるのは大きな間違いだった」というような言葉で、白バラ抵抗運動を切り捨てていたのを、僕は鮮明に覚えている。

今このことを思い出している理由は、映画『白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々』(2005年)をちょうど見たところだから。これは恐らく、僕がこれまでに見た中で最も感動的で最も困惑する映画だ。ゾフィーはミュンヘンの若いドイツ人学生で、兄のハンスや仲間たちと共に、ドイツを抑圧して無謀な侵略戦争へと駆り立てていた狂気のヒトラー政権に対する抵抗運動を展開した。

この映画は、反ナチスのビラを配ったとして逮捕されたゾフィーが処刑されるまでの最期の5日間を描いたもの。尋問で彼女は当初は否認、それから曖昧な態度、最後には公然の抵抗へと突き進んだ。これは、次第に心を引き裂くように展開する悲劇だ。若いドイツ人なら誰でも、彼女が1943年にほんの21歳で(ギロチンによる)死刑を執行されたことを答えられるだろう。

多くの人々は抵抗する責任を放棄したが

ぜひこの映画を観てもらいたいが、ものすごく過酷な体験になると言っておかなくてはいけない。僕の場合は、最後に実際のゾフィーと仲間たちの写真が映し出されたとき、いきなりパンチを見舞われたような気分になった。その時点までは、「単なる映画」を観ているときのようにある程度は冷静な感情を保てていたはずだった。でも、時に笑顔、時に真剣な表情を見せる彼女の実際の写真を目にし、こんなにも勇気ある前途有望な若者が本当に殺害されたことを思い知ったとき、僕の感情は完全に違ったものになった。

もちろん、僕の歴史のチューターは正しかった。1943年に残忍なヒトラー独裁政権を倒すことができたのは、草の根の抵抗運動のはずがなかった。ヒトラー政権は、彼らの抵抗運動によって一日たりとも崩壊に近付かなかった。とはいえそうした見解は、むしろ核心を見逃していると思う。何百万というドイツ人が死んだ。若い男性は東部戦線で戦死し、女性や子供たちはドレスデンやベルリン、ミュンヘンの地下壕で身を縮めたまま連合国軍の空爆で死んだ。終戦間近には、大義を失い脱走しようとする男たちが日々銃殺されていた。彼らは無意味に死んでいった。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

MAGA派グリーン議員、トランプ氏発言で危険にさら

ビジネス

テスラ、米生産で中国製部品の排除をサプライヤーに要

ビジネス

米政権文書、アリババが中国軍に技術協力と指摘=FT

ビジネス

エヌビディア決算にハイテク株の手掛かり求める展開に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 10
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story