コラム

華やかなジュビリーの別の顔

2012年06月20日(水)17時23分

 1913年、ロシアは同国史上最大規模となる出来事に沸いていた。ロマノフ朝が300周年を迎えたのだ。記念の年は派手な式典で彩られ、この専制政治が長く、強大なものであることを印象付けた。

 それから4年後にロシア革命によってロマノフ朝が崩壊し、皇帝ニコライ2世と家族が処刑されるばかりか、ロシアの国中が激変し、その過程で数百万の人命が奪われるなどと、想像できた人はほとんどいなかっただろう。

 イギリスのエリザベス女王即位60周年を祝う「ダイヤモンド・ジュビリー」の華やかな式典を見て、僕はこのロシアの出来事を思い起こした。なにも僕は、当時のロシアであったような規模の革命が今のイギリスに起こる、と言いたいわけじゃない。イギリス王室がその地位を追われるかもしれない、などと言うつもりもない。

 ただ、大掛かりな祝賀行事を目にするたびに、「その裏にある現実」を直視しろ、と僕の本能が呼び掛けるのだ。僕がこのダイヤモンド・ジュビリー(明らかに楽しいものなのだが)を「イギリスが万事順調な証し」だと見ることができないのには、いくつか理由がある。

 まず、祝典に沸く群衆を見て僕がいつも最初に考えるのは、「本当のところ、彼らは何を祝っているんだ?」ということだ。

 これまでたびたび、歴史学者たちはこんな主張をしてきた。第一次世界大戦の開戦をドイツやオーストリア国民は歓迎していた、なぜなら人々が街頭に繰り出して手に手に国旗を振りはじめたからだ、と。だけどオックスフォード大学時代の僕の歴史の先生が言っていたように、彼らはおそらくその日の仕事が突然休みになったことを喜んでいただけだろう。そんな印象論ではなくもっと常識的な基準で判断すれば、戦争はいつだって国民に歓迎されていないことが分かるはずだ。 

 そんなわけだから、たとえばイギリス有数のアーティストたちが多数出演するバッキンガム宮殿での無料コンサートに人々が詰めかけるのを見て、はたして彼らが純粋に王室支持の気持ちで集っているのだろうか、と疑問に思うのも無理はないだろう。大物アーティストがこれだけ集結するコンサートなんて当分なさそうだ。

■女王に親愛の情はあるが

 テムズ川での水上パレードは壮大な催しに見えたし、僕も個人的に見に行きたいと思った(結局、仕事の都合で行けなかった)。僕のいとこは、まだ6カ月の双子を抱えて見物に行った。家族にはあきれられたらしいが、いとこは「この子たちがいつの日か、あの日、あの場所にいたって言えるように連れて行きたい」と言い張ったそうだ。

 僕はこれを聞いて驚いた。なぜならその理由は、まさに僕が行きたい理由そのものだということにそのとき初めて気付いたからだ――「あの場所にいた、と言えるように」。なにも、女王陛下への愛を示すために行きたいわけではないのだ。

 僕の歴史の先生の持論にならって考えてみよう。今回の祝日は、イギリスでは珍しい4連休だった。土日に加えて、2日間の国民の祝日がついた(通常のスプリングホリデーが1日と、ジュビリー休日が1日)。人々は長い休みに何かをしなければならず、そんな彼らのために記念式典が用意されていたというわけだ。
 
 そうは言っても、総じてイギリス国民はこの瞬間、女王に対して親愛の情を感じているとは思う。それは一つには、単に女王が高齢で長い間王位に就いているせいかもしれない。女王はイギリスの祖母のような存在になっている。だがそれだけではなく、女王が彼女独自のやり方で、しっかりとイギリスに尽くしてきている、との認識も広がっている。

 ここに2つ目のポイントがある。イギリス国民が抱く感情はイギリス王室そのものに対する思いではなく、エリザベス女王個人に向けられたものであって、さらに言えば「現在のエリザベス女王」に向けられている、ということだ。言うまでもないことかもしれないが、チャールズ皇太子に対する国民の目は温かいものとは程遠い。エリザベス女王その人でさえ、20年前は今の半分の人気もなかった。今だって、たとえば彼女が何十年も前から健康状態が悪くて長年義務を果たせていない状態だったとしたら、ここまでの人気にはたどり着いていなかっただろう。

 僕が思うに、心から君主制を支持している人はイギリス国民の20%ほどだろう。大多数は(僕もそうだ)たまたま君主制を支持しているにすぎない。つまり僕らは、今のところ十分うまくいっているシステムを変えるのは面倒くさすぎると考えている。

 もしも僕たちが新たにゼロからシステムをつくり出すとしたら、選挙で選ばれたわけでもない、たまたま生まれが幸いしただけの人物にイギリスを代表する権限を与えることなどないだろう。さらにその君主が厄介だったり怠惰だったり傲慢な人物に見えたりすれば、従おうとはしないだろう。

■はためくイギリス国旗の皮肉

 3つ目のポイントについては、僕以外にもさまざまな人が指摘している。現在の女王の人気はむしろ絶望のようなものであり、イギリスのほかのエリートたちに対する非難の気持ちの表れだ、というものだ。政治家への不信感は高まり(議員たちの一連の経費流用スキャンダルのせいだ)、メディアへの信頼は揺らぎ(相次ぐ盗聴などの不法行為や政界との癒着)、銀行家は信用できず(ばくちのような取り引きで巨額な損失を出したくせに莫大な公的資金による救済を要求している)、民営化された電気、ガス、水道会社や鉄道会社へも不満が募っている(サービスの質は悪いのに法外な料金を課す)。ほかにも数え上げればきりがない......。

 僕たちが女王を祝福するのは、こうした幻滅に次ぐ幻滅の中で、彼女が威厳をもって存在しているイギリスでただ一つの存在だからだ。だからある意味今回のダイヤモンド・ジュビリーは、イギリスがどんなに分断されていて不幸であるかを際立たせたとも言える。

 最後に、今回僕は考えられないほどたくさんの国旗が国中ではためくのを目にした。昨年のウィリアム王子とキャサリン妃のロイヤルウェディングのときも国旗の多さに驚いたが、今回はそれをさらに上回っていた。この間なんて、スーパーマーケットの棚から無数に突き出た国旗のせいで通路を歩きづらかったくらいだ(背の高い人を直撃する高さに飾ってあった)。イギリス人がこの国旗に深い愛着を感じていると思いたくもなる。だが実際、イギリス国旗は最後のあがきのようなものだ。

 イギリス国旗であるユニオン・フラッグは、イングランドとスコットランド、アイルランドの旗を重ね合わせてデザインされている。これらの国々(とウェールズ)の連合(ユニオン)によって英国が構成されているからだ。だから、イギリス国旗はユニオン・フラッグやユニオン・ジャックと呼ばれている。

 現在、スコットランドでは独立を求める機運が高まっている。今後10年で独立が実現するかはわからないが、大方のスコットランドの人々が自分たちをイギリス人ではなくスコットランド人だと思いたがっているのは間違いない。そして、圧倒的な多数派であるイングランド人たちと一緒に国を構成しているという事実に対する抵抗感も広がっている。

 たとえばスコットランド人は、ジュビリーの祝典にはあまり参加しなかった(彼らに言わせれば女王は「イングランドの女王」だというのが大方の意見。イングランドでは何千ものグループが街頭でお祝いをしたのに対し、スコットランドでは数えるほどしか行われなかった)。

 スコットランド人はむしろスコットランドの旗(「サルティアー」と呼ばれる)を掲げたがる。スコットランドはすでに、イギリスからある程度の権限委譲も達成している。イングランド人はこれに対抗し、事あるごとにイングランドの旗「セント・ジョージ・クロス」を掲げてみせる。

 女王が即位した1952年の当時よりも、僕たちのイギリスは「団結」の弱い国になった。ユニオン・ジャックも、以前ほど正確にこの国の姿を反映してはいない。


<お知らせ>
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*6月26日(火)19時30分〜ジュンク堂書店池袋本店にてトークセッション「イギリスと僕らと、ロンドン・オリンピック」
*6月30日(土)14時〜紀伊国屋書店玉川高島屋店内にてサイン会

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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