コラム

僕の最愛ニューヨーカー作家

2010年10月14日(木)13時05分

 07年にニューヨークに着いてから僕が最初にしたことの1つは、イアン・フレーザーという名の作家の本を片っ端から探しにかかることだった。イギリスでは彼の著作はなかなか見つからなかったし、かなり高額だったからだ。

 ニューヨーカーやアトランティック・マンスリーなどの雑誌に掲載された作品を読んで、僕は彼に興味をそそられるようになった。正直、彼の作品をそこまで好きになるとは自分でも意外だった。僕がこれまでで一番好きな作家といえばジョージ・オーウェルで、その時代の壮大な問題(全体主義や社会正義、テクノロジーの脅威など......)をテーマにしたような人物だ。

 対照的にフレーザーは、ちょっと気に入ったものなら何でもネタにしてストーリーを作り出す。たとえばホランド・トンネル(マンハッタンとニュージャージー州ジャージーシティーを結ぶトンネル)の歴史やニューヨークで長年活躍した警備の専門家の生涯を描いてみたり、スーパーモデルの気を引くためにイタリア語を学ぶ農家の少年を主人公にした笑える物語を作ってみたり、といった具合だ。

 こうした作品は、どれもかなり楽しんで読めた。読んだ後に友人に会ったら、思い出せる限り内容を話してやりたくなるくらいだ。フレーザー作品の魅力は、描き込んだディテールや周囲の人々の話をキャッチする耳、人間の行動を洞察する目、などだろう。

■秋になると思い出すエピソード

 この季節、散歩に出ると僕はフレーザーのことを思い出さずにはいられない。彼のシリーズ作に登場する一連のエピソードのせいだ。その中でフレーザーと2人の友人は、11月の風に巻き上げられて裸の木々に引っかかったビニール袋が、ニューヨークの街並みを醜くしているのに気付く。そこで彼らは、道具を発明してニューヨーク中の木々からビニール袋を取り除きにかかる、というわけだ。

 この「木々のビニール袋」物語では、大事件は何も起こらない。それでも読んでいて面白い。フレーザーと友人がやっているのは単なる趣味だが、この作業中に彼らはあらゆるタイプのニューヨーカーと遭遇したようだ。

 笑えたのは、人々が彼らのことを役所の清掃員か何かと勘違いして、ビルやアパートの中庭へ立ち入りを許したり、どこそこの木にビニール袋があるとわざわざ報告しに来たりした、というエピソードだ。

 フレーザーは、急ごしらえした「ビニール袋つかみ機」を実際に特許登録したことも書いている。金儲けを狙ったわけではなく、あくまで実験的な行動だったようだ。(特許申請は却下された上に、自分たちの発明品が100年以上前に特許登録されたフルーツ収穫用器具とは大きく違うということを訴えに行かなければいけない羽目になった。)ベット・ミドラーの夫がそれを聞きつけ、きれい好きな妻のためにと「つかみ機」を購入したらしい。

■先住民族の生活を描いた傑作

 これまで僕が読んだ中で最も素晴らしい作品の1つは、フレーザーの『居留地にて』だ。その中で彼は、ニューヨークである日、偶然出会ったアメリカ先住民族スー族の男性と言葉を交わして友人になった様子を描いている。フレーザーはその後20年にわたって、彼とその家族とつき合いを続け、スー族の居留地も訪れるようになった。

 アメリカ先住民族の生活をロマンチックに描写しているわけではない。彼らの深刻なアルコール依存や暴力の問題、恐ろしいほど頻発する自動車事故についてなど、時に残酷ともいえる現実も描いている。それでもこの作品は、思いやりと活力に満ちている。

 フレーザーがスー族の人々と交わした膨大な長さの会話と平行して、先住民族の悲惨な歴史が記述されている。それでもなぜか、強く記憶に残っているのは、会話やちょっとしたディテールの方だ。

 驚いたのは、居留地に住むスー族の人々が「カウボーイとインディアン」を扱った映画を楽しんで見ている、というエピソードだ。もちろん、一般の人々とは見方が異なる。決闘シーンに知り合いが出演していないかを探しているのだ。

 1つ面白かったのは、インディアン役のエキストラのうち、銃で撃たれて落馬した人には「特別手当」が支払われるという話だ。西部劇でカウボーイが2、3発撃っただけなのに、10人近いインディアンがバタバタと倒れるわけがやっと分かった。

 今夜たまたま、僕は西部劇とはまったく関係ない映画『ブルー・イン・ザ・フェイス』を見た。しばらく住んでいたことのあるブルックリンのある通りが舞台になった映画だ。ところが驚いたことに、この映画にフレーザーがカメオ出演していて、プロスペクトパークの木々からビニール袋を取り除くことについて、いささか風変わりな調子で話していた。

 僕は考えた。もしも彼を知らずにこの映画を見ていたら、フレーザーをただの変わり者だと思っていただろう。だが彼の作品を読んでいた僕には分かった。ビニール袋を取り除く作業は、彼にとっては冒険に満ちていた----自分が暮らす街と強くつながり、周囲の人々と結びつく、そんな体験だったのだ。

 機会があれば、ぜひフレーザーの作品を読むことを勧めたい。だがそれ以上に勧めたいのは、フレーザーみたいな面白い生き方をすることだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ドイツ輸出、5月は予想以上の減少 米国向けが2カ月

ビジネス

旧村上ファンド系、フジ・メディアHD株を買い増し 

ワールド

赤沢再生相、米商務長官と電話協議 「自動車合意なけ

ビジネス

日経平均は反発、対日関税巡り最悪シナリオ回避で安心
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 5
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワ…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    米テキサス州洪水「大規模災害宣言」...被害の陰に「…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 10
    中国は台湾侵攻でロシアと連携する。習の一声でプー…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story