コラム

今はなき地元球団の面影を求めて

2010年06月09日(水)13時05分

 僕が生まれて初めてその名を聞いたプロ野球チームは、もう存在しない。子供の頃、ドジャースというチーム名を耳にしたことをよく覚えている。ロサンゼルス・ドジャースではない。ブルックリン・ドジャースのことだ。

 ブルックリンに住み始めてからというもの、僕は理由を知りたくなった。地域のアイコン的チームがなぜ消滅したのか----というか、なぜ正反対の西海岸に移動してしまったのか。

 それはとてもあり得ない考えに思えた。イギリスのサッカーチームも本拠地を移すことはあるが、たいていはチーム発足から間もない時期で、それもほんの数キロ離れた場所に移動するだけだ。

 ブルックリン・ドジャースの栄光と悲劇は、あらゆるスポーツの中でも最も感動的で心に訴える物語の1つだ。ファンから「デム・バムズ(ダメな奴ら)」というニックネームで親しまれたドジャースは、ブルックリンに愛されたチームだった。

 1958年、ドジャースのオーナーは皮肉にも、球団の本拠地をロサンゼルスに移した。決して許せないと多くのファンが思うような裏切り行為だった。移転の背景にどんな財政的な理由があるにせよ、あれほど忠実だったファンにとっては受け入れ難い仕打ちだった。

 ブルックリン・ドジャースのファンはそれまでもかなり耐え忍んできた。41〜53年の間にドジャースは5回のリーグ優勝を果たしたが、続くワールドシリーズでは毎回ニューヨーク・ヤンキースにことごとく敗れた。51年にはプレーオフの最終戦でまさかのサヨナラ負けを喫し、リーグ優勝を逃すという屈辱を味わった。

 それでもファンは見放さなかった。ただ一度、55年に、ドジャースはワールドシリーズで悲願の優勝を果たした(ビール醸造所のブルックリン・ブルワリーは、「ペナント・エール55」という最高においしいビールをつくり、この快挙を形に残した)。

 だがドジャースのファンが誇りにすべきなのは、もっとずっと偉大なある業績だろう。ドジャースは、大リーグ初の黒人選手となるジャッキー・ロビンソンを温かく受け入れた。

 47年にロビンソンがデビューするまで、アメリカの球界が黒人を疎外してきたことは信じ難いことだし、各地の球場でロビンソンが長い間人種差別を味わってきたというのもひどい話だ。先駆者ロビンソンの勝ち取った尊厳は計り知れない。映画『ジャッキー・ロビンソン物語』の中で、ロビンソンは自分自身の軌跡を演じている。

 ドジャースのホーム球場のエベッツ・フィールドがあった場所は、今では醜い住宅団地になっている。

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 地元の人々の多くは、そこがどんな場所だったのかすら知らない。

 ある日の午後、僕は昔の面影を求めてそのあたりを1時間ほど歩き回った。

 ホーム球場だった場所の壁に取り付けられた小さなプレートには「エベッツ・フィールド跡地」とだけ記されている。ロビンソンにちなんで名づけられた地元の公園もあるが、銅像などは立っていない。近くのマクドナルドには、ドジャースの全盛期の頃のモノクロ写真が数枚飾られていた。

 最寄りの地下鉄の駅では、鉄条網のフェンスの向こうに、今にも崩れ落ちそうな壁画が見えた。55年当時の、歓喜に沸くチームの姿を描いたものだった。

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歴史的なチームの、悲しい成れの果てだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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