コラム

バイデン勝利で中東諸国が警戒する「第2のアラブの春」

2020年11月26日(木)18時15分

バイデン外交は中東のリスク? JONATHAN ERNST-REUTERS

<アラブ諸国では今も「アラブの春」による混乱を引き起こしたのは当時のオバマ政権だという見方が根強い>

米大統領選が近づくにつれ、アラブ諸国では「第2のアラブの春」の可能性を指摘する声が上がり始めた。ある人は期待を、また別の人は警告の意味を込めてである。

選挙後にバイデンが勝利宣言を行うとアラブ諸国の首脳陣は相次いで祝意を表明したが、各国の思惑は複雑だ。なぜならバイデンが大統領に就任した場合、アメリカの中東政策はオバマ政権時のような、ムスリム同胞団をはじめとするイスラム主義者やイランへの融和路線に転じるとみられているからである。

2011年からアラブ諸国を席巻した「アラブの春」は一般に「民主化運動」と呼ばれるが、それは実態を描写する名称としてはふさわしくない。なぜならそれはチュニジアやエジプト、リビアなどで独裁政権を打倒したものの、実際には全く民主化をもたらさなかったからである。

チュニジアで同胞団系政党が主導した政権は安定せず、テロやデモが続発。エジプトでは同胞団が政権を取り独裁化し、リビアやイエメン、シリアでは10年を経た今も内戦が続いている。いずれの国でもアラブの春を経て同胞団系勢力が大きな力を握った。アラブ諸国では今も、同胞団を支援し混乱を引き起こしたのは当時のオバマ政権であるという見方が根強い。

最近、機密解除された当時のクリントン国務長官の電子メールには、オバマ政権が同胞団を支援していたことを示す証拠とされ得る内容が散見される。エジプトで2013年7月、民衆デモとそれを支援する軍により同胞団政権が打倒されると、オバマ政権はこれをクーデターと見なし、エジプトに対し約2年間にわたり軍事援助を凍結。新たに選出された軍出身のシシ大統領をホワイトハウスに招くことは一度もなかった。

トランプ大統領は一転してシシを厚遇。トランプ政権の中東政策はエジプトのほかにサウジアラビアとイスラエルへの強い支持と、イランに対する強硬路線が特徴だ。

しかしバイデンはこの路線を否定する。今年1月、フォーリン・アフェアーズ誌に寄稿し、一国主義と決別して国際協調路線を取り、人権保護と民主主義を進めることでアメリカの信頼と影響力を回復させる、との決意を表明した。バイデンは人権と民主主義の点においてエジプトとサウジを問題視しており、「独裁者に白紙の小切手はもう渡さない」と、エジプトに対する年間13億ドルの軍事支援見直しを示唆。イエメン内戦に介入するサウジへの支援停止も明言している。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

香港GDP、第3四半期改定+3.8%を確認 25年

ワールド

ロシアが無人機とミサイルでキーウ攻撃、4人死亡・数

ビジネス

インタビュー:26年春闘、昨年より下向きで臨む選択

ビジネス

ニデック、4―9月期純利益58%減 半期報告書のレ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 5
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 6
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 7
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 10
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story