コラム

世界がさすがに看過できなかった、アッバス議長の反ユダヤ主義発言

2023年10月13日(金)13時40分
アッバス

アッバスはこれまでも反ユダヤ主義的発言を繰り返してきた ISSAM RIMAWI-ANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES

<これまでもアッバス議長はたびたびユダヤ人に対する憎悪を煽る発言を繰り返してきたが、今年8月の発言は限度を超え、西側諸国は一斉に非難。日本はどう対応したのか?>

「ヒトラーが『ユダヤ人だからユダヤ人を殺した』というのは真実ではない」「(ヨーロッパが)ユダヤ人と戦ったのは、宗教ではなくその社会的な役割が理由」「彼らが高利貸しだったからだ」

8月24日、パレスチナ自治区ラマラで開かれた会議でこう述べたのは、パレスチナ自治政府(PA)のアッバス大統領(議長)だ。加えて彼は、ヨーロッパのユダヤ人は古代イスラエル人の子孫ではなくトルコ系ハザール人の子孫であり、イスラエルの地とは無縁の存在だと強調した。

この演説が英語に翻訳されて報じられると、日本を除く西側諸国が一斉に非難した。

EUは当該演説には「ユダヤ人と反ユダヤ主義に関する虚偽かつ重大な誤解を招く発言が含まれていた」とし、歴史歪曲にして「ホロコーストを矮小化し、反ユダヤ主義をあおる」と非難する声明を出した。

アメリカのリンダ・トーマスグリーンフィールド国連大使と反ユダヤ主義の監視と撲滅のためのアメリカ特使デボラ・リップシュタットは、「憎悪に満ちた反ユダヤ主義的な発言」と非難した。

イギリス外務省も、「アッバス大統領による最近の反ユダヤ主義的発言を非難する」という声明を出した。

フランス・パリのアンヌ・イダルゴ市長は「ヨーロッパのユダヤ人虐殺を正当化した」と非難し、それは「われわれの普遍的価値観と歴史的真実に反する」として、2015年に授与したパリ市最高の栄誉を示す「パリ市大金章」の剝奪を宣言した。

アッバスが反ユダヤ主義的発言をするのはこれが初めてではない。1982年、ホロコーストを矮小化・否定する趣旨の論文でソ連科学アカデミー東洋学研究所(当時)から歴史学の博士号を授与されている。

昨年8月には、イスラエルはパレスチナ人に対して50ものホロコーストを行ったと非難、今年5月にはイスラエルはナチスのゲッベルス宣伝相のように嘘ばかりついていると演説した。

日本政府は中東和平問題についてパレスチナとイスラエルが共存する二国家解決を支持し、93年から今年までに累計23億ドル(約3376億円)もの支援をしてきた。政府もメディアも和平を推進するパレスチナの指導者としてアッバスを遇してきた。

政府とメディアは日頃から人権問題への取り組みとしてジェンダーギャップ解消やLGBT権利増進のために尽力しているとアピールする。しかしなぜか、同じく人権問題であるはずの反ユダヤ主義については無関心を貫く。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルがイラン再攻撃計画か、トランプ氏に説明へ

ワールド

プーチン氏のウクライナ占領目標は不変、米情報機関が

ビジネス

マスク氏資産、初の7000億ドル超え 巨額報酬認め

ワールド

米、3カ国高官会談を提案 ゼレンスキー氏「成果あれ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 5
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 8
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 9
    米空軍、嘉手納基地からロシア極東と朝鮮半島に特殊…
  • 10
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story